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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
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おしゃべりさんのひとり言【全集1】

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その83 一酸化炭素中毒怖いよ



ピコピコピコピコピ、ピコピコピコピコピ、ピコピコピコ・・・

『ピコピコ』って知ってますか? ガス漏れ警報装置のことです。
今から15年以上前に、訪問販売の人から買いました。
所謂「消防署の方から来ました」って言う、消防署とは縁もゆかりもないセールスマンからです。
値段がいくらだったのか忘れましたが、まあ妥当だと思ったから買ったんでしょう。
ちょうどその時期に消防法が改正されて、キッチンの他にリビングや寝室にも取り付けることが義務化されたんだったと思います。義務と言うより、そんな数千円の代物で安心が買えるんだったら、安いものです。
そのセールスマンが取り付けてくれて、テストしたらちゃんと音が鳴りました。でもガス漏れで鳴るかどうかなんて、判らないじゃあないですか? 実際にガス漏れさせてみる分けにもいかないし、テストスイッチを信じるしかないですよ。そのセールスマンの言うことも。

昔、中学生の頃に、うちの裏の家が火事になったんです。それに気付いたのが、(パンッ!)ていう破裂音でした。
はじめ(何の音かな?)と思って窓の外を見たんですが、火事には気付かなくって、暫くして「火事だぁー」 その声で外に出ましたけど、幸い延焼は免れました。
で、最初のパンッ!って音が、警報器の音だったそうです。うちの天井にも同じのが付いていて、高温になると破裂する仕組みだったようですね。
その当時に比べたら、今の警報装置は、ガスや煙にも反応してくれるので、より安心でしょ。火事で亡くなる方の殆どが、炎より煙に巻かれるのが原因てことらしいですから。

そう言えば、18歳の時に火事を通報したことがあるんですが、その時はこうでした。
僕は友達とお酒を飲んで、酔っ払って家に帰る途中でした。(笑。ダメです)
住宅街を夜の11時頃、一人で歩いていると(なんだあれ?) 家の屋根から煙が上がっています。
(火事かな?)って思いましたが、大騒ぎして間違いだと恥かしいし、慎重にその家の様子を見ました。窓の中が赤い。
(やっぱり火事だな)そう思っても、どうしたらいいのか分かりせん。酔ってましたし。周りに誰もいませんし。
まずするべきことは、その家の住人に知らせてあげることだったでしょう。でも僕は、その現場を離れてしまいました。119番しようと公衆電話まで走ったのです。当時は携帯電話なんか持ってませんから。その途中で、(いや、家の人に知らせるのが先か?)って迷いました。酔ってましたし。パニクッてますし。
取り敢えず、公衆電話から緊急通話で119番にかけました。
「こちら119番緊急ダイヤルです。火事ですか事故ですか?」
「火事です!火事です!」
「場所はどちらですか?」
「○○町の神社のすぐ下の・・・」
「すぐに消防車が向かいます。けが人はいませんか?」
「え? 分かりません」
「あなたの名前と、住所を教えてください」
「ぼくは・・・(警察が来たらマズイ)・・・ああ、ただの通りすがりの者です」
ガチャン。と切ってしまいました。酔ってましたし。未成年でしたし。
(これでちゃんと伝わったんだろうか?)
そんな心配をしながら、火事の現場に走って戻ると、さっきより煙が多く噴き上げていました。
「火事でーす!」
そう叫びながら玄関ドアを叩きました。すると1階の奥の電気が点いて、気付いてくれたのが判りました。玄関に人が出てきそうになったので、僕はその場から走って逃げました。酔ってましたし。後々面倒なことになりそうですし・・・

その家には、警報器は付いてなかったのでしょうか? 
その後、その住人がどうなったのか、分からないままです。皆無事だったらいいですが、僕の中途半端な対応のせいで、大変なことになってたりしたらと、未だに心配しています。
でも、今考えると僕、まるで放火犯みたいじゃなかったかな? 火元が2階だから、疑われることはなかったのかもしれませんが。

『ピコピコ』の話でしたね。
火事ではあんなふうに、煙がものすごい勢いで湧き立ってたら、火傷もすごいだろうけど、煙に巻かれるとどうなるかって、真剣に考えてみたことってありますか?
可燃物の中には、有毒ガスを発するものも多くて、それを吸って気を失い、そのまま炎に包まれてしまいます。
そんなことぐらい誰でも知ってると思いますが、じゃどれくらい煙を吸うと、気を失うんでしょうか? それには吸ったガスの種類も関係あると思いますけど、僕にはこんな危うい経験が・・・

冬の寒い日、マンションのリビングに石油ストーブを点けてテレビを見ながら、一人横になっていました。
石油ストーブだと、天板にヤカンを載せて加湿も出来るから、よく使っていました。でも石油があまり残っていません。買いに行くのも面倒な寒さで、エアコンもあるから石油は使い切ることにしました。
その代わり、消費を減らすように、わざと火を弱くしたんです。最小より小さく、蛍火のように。
それでしばらくテレビを見ていたら、突然、

ピコピコピコピコピ、ピコピコピコピコピ、ピコピコピコ・・・

大音響で『ピコピコ』が鳴ったんです。
(え? ちゃんと鳴ったけど、ガス漏れ?)
寝っ転がったまま考えました。でも鳴りやまず、ずっと騒がしいままです。
(止めよう)
そう思って立ち上がり、壁の上の方に取り付けてある警報機を見たのは覚えています。

次の記憶は、床に倒れていました。すぐ近くのシェルフに置いていた器が床で割れて、中に入れていたポプリが散乱しています。
『ピコピコ』は鳴りっぱなしだったので、すぐに状況が掴めました。
(気絶して倒れたんだ。ガスを吸ってしまったんだ)と。
でも倒れた記憶どころか、ガスを吸ったという認識さえありませんでした。
床を這ってサッシを開けて、外に出てから空気を吸いました。もう一度息を止めて、キッチンに行き、換気扇を回して、再び寒いベランダで暫く待ったのですが、その前にストーブを確認しました。それはもう火が消えかかっていました。
所謂不完全燃焼でしょう。火を弱めすぎて長時間使用したので、一酸化炭素が発生して、それが部屋の天井付近から、徐々に溜まり始めていたのです。気密性の高いマンションの部屋を、閉め切ってましたから。
寝転がっていたのでそのことに気付かず、臭いにも気付きませんでした。
立ち上がった瞬間それを吸い込んで、一瞬で、まさしく一瞬。何も感じないくらいの一瞬で、気を失って倒れたことが判りました。
でも床の付近にはまだ新鮮な空気が残っていたので、僕は息を吹き返すことが出来たようです。

ひょっとすると、何分間か気を失っていたのかもしれないと思うと、背筋に寒気を感じます。