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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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トラブルシューター夏凛(♂)1 堕天使の肖像

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 そう言って時雨は肩をガクンと落とした。
 澄んだ空には太陽がギラギラと輝き地面をジリジリと焦がしていた。暑さはまだまだ治まることはないらしい。

 帝都の南に位置する住宅街。そこは、車を一〇分も飛ばせば海に着くという、海水浴場から少し離れた位置にあった。
 その住宅街のとある一角にあるアパートに夏凛の探していた男は潜伏していた。
 タクシーをそのアパートの前に止め、中から出て来た夏凛は、アパートを一瞥すると歩き出し、金属でできた階段を一歩一歩ゆっくりと音も立てず羽根が空を舞うようにふわりと登った。
 階段を登りきった夏凛の表情は怒りに満ち満ちていた。しかし、歩き出す夏凛の足取りはやはり羽根のように軽く、スカートの裾は静かに波打ちふわりとしている。
 プレートに203と書かれたドアの前で夏凛の足は止まった。そう、この部屋に男が潜伏していると真は夏凛に伝えた。
 夏凛は左足でドアを勢いよく蹴破った。ドアはもの凄い音を立てながら部屋の中に吹っ飛び、床にドスンと言う音を立てながら落ちた。女の悲鳴と男の怒鳴り声が部屋の中から聴こえる。
 夏凛は構わず土足で家の中へ上がった。部屋の住人の目が予期せぬ訪問者に一心に注がれる。
 一瞬間を置いて男が窓から外へ逃げ出そうとした。夏凛は動こうとしない、ただ一言を囁いたのみだ。
「逃げても構わないよ、……でもね。地獄の果てまで追っかけてアゲルから、ね」
 アゲルからというところが妙に色っぽく、口元は笑っているが目はキレていた。
 男は窓の手すりに片足をかけた状態で動きを止めてしまった。女性は顔面蒼白になり、手に持っていたカップを床に落とした。
 カップの中に入っていた黒い液体がカーペットを侵食していく。その侵食の早さよりも夏凛の動きは速かった。
 夏凛は部屋の中央にあった背の低いテーブルを踏み台にしてジャンプし、男の首根っこを掴んでそのまま後ろに引きずり倒した。
 男は腰を打ち咳き込む、しかし、夏凛はそれに構うことなく男に馬乗りになり黒いマニュキュアをした長い爪がわざと食い込むように右手で首をぎゅっと絞めた。
「君が『反逆者』を盗んだマフィアの反逆者かい?」
 男の震えが夏凛の身体に伝わって来る。
「返事ができない子は好きになれないなぁ〜。ねぇ?」
 夏凛は横で膝を付き震える女性に笑顔を向けた。普段ならばこの笑顔を見た女性は頬を紅く染めて、中には失神してしまう者もいるだろう。だが、今のこの笑顔を見ている女性は恐怖を感じずにいられなかった。
 女性は立ち上がり叫び声を上げながら逃げようと駆け出した。しかし、夏凛の左手が動いた瞬間に女性の動きが止まった。
 彼女の首筋には鋭い大鎌が突きつけられていた。少しでも動こうものなら命の保障はないだろう。
「逃げてもいいけど、その時は死ぬ覚悟でね。さてと、反逆者はどこかな?」
 男に視線を落とした夏凛のその表情は妖艶さを纏い、人をかどわかす美しさを持っていた。
 つめたい汗を流す男の目は視線が定まっていない。
「仕方ないなぁ〜」
 と言って夏凛は首を絞めていた手の力を緩めた。すると直ぐに男はしゃべりはじめた。
「マ、マモンカンパニーに頼まれて……も、もう、俺の手元にはない……だから」
 しどろもどろにしゃべる男を見ている夏凛の表情は冷ややかだ。
「ふ〜ん、マモンカンパニーねぇ〜」
「マモンカンパニーに売っちまった。だから……」
「だから、だからなんだっていうのぉ〜?」
 そう言いながら夏凛は男の腹にパンチを喰らわせ気絶させ、女性の首筋から大鎌を離し異空間にしまうと、女性は腰が砕けたように床にへたり込んだ。
 夏凛の口から甘いため息が零れる。
「はぁ、マモンカンパニーねぇ〜」
 携帯電話を取り出した夏凛はマフィアのボスへと電話をかけた。
 一時間もしないうちに反逆者の男を高級スーツで身を包んだ男たちが車に乗せて連れて行ってしまった。
 夏凛は車を見送ると、頭を抱えた。
「マモンカンパニーねぇ〜」
 さっきからこればかりである。
 マモンカンパニーとは、貿易を主にしている大会社の名前で、パンデモニウムというありとあらゆる事業に幅広く手を出している大企業の子会社である。
 マモンカンパニーは主に電気機械などのルートに強く、裏社会に通じていて、武器や生物兵器の輸出販売をしているというのは公然の秘密であるほどの悪名高き会社だ。
 パンデモニウムの子会社の中にはルシフェルという遺伝子や生物に関する研究をしている会社があり、この会社が生物兵器を作っているのではないかという噂があるが、パンデモニウムの裏には大物政治家などが多数付いているらしく捜査の手が回ることはない。
 夏凛は大通りまで歩いて行くとそこで片手を挙げタクシーを捕まえ乗り込んだ。
「マモンカンパニーまでお願いね」
 夏凛が後部座席に落ち着くと、タクシーは街路樹に一度ぶつかった後に発進した。
 帝都の南、オフィスの立ち並ぶビル街から外れた場所にマモンカンパニーの本社ビルはある。港の近くにあるこのビルの周りにはこの建物以外の建物がない。
 ビルはさほど大きな物ではないが、この辺りに立ってる建物がこれしかないことから異様なまでに目立つ。それにこのビルは何か威圧感のようなものを放っている。
 タクシーから降りた夏凛の髪の毛を潮風がふわりと待ち上げる。そのまま彼は風に乗るように歩き、ビルの中へと入って行った。
 ビル入り口には守衛が二人立っていたが、取り合えずそこでは止められることはなかった。だが、やはりこれ以上は進めないらしい。
 受け付けロビーで夏凛は何度も受付嬢に社長に会わせて欲しいと懇願したが、アポイントメントがない方とは社長はお会いできないそうだ。夏凛のお願いに屈しないとはかなり出来のいい社員である。
 夏凛は仕方なく奥の手を使うことにした。
 彼の左手が舞い踊るかのようなしなやかな動きを魅せたかと思うと、辺りに強い薔薇の香が立ち込めた。するとどうだろう、受付嬢の瞳は虚ろになり、まるで魂の抜け殻のようになってしまったではないか――。
 それを確認した夏凛は何も言わずエレベーターに乗ろうとした。がしかし、当然のことながら異変に気が付いた守衛二人が夏凛を静止しようと近づいて来た。夏凛はそれに全く動じず、先ほどと同じように左手を動かした。すると守衛たちも受付嬢と同じく虚ろな目をして、肩を落として魂の抜け殻のようになってしまった。
 数人の社員が目を丸くするなか、夏凛を乗せたエレベーターはその扉をゆっくりと閉じた。
 エレベーターは十三階で止まった。開いたエレベーターから、薔薇の香がフロア全体に広がる。
 薔薇に香と共に夏凛がエレベーターの中から現われ世界の色を鮮やかに変える。そのまま彼は社長室へと足を運んだ。社長室の位置はすでに捜査済みだ。
 社長室に行く途中何度か夏凛は呼び止められたが、皆、夏凛の近くまで来ると魂の抜け殻のようになってしまう。それは何故か?