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第七章 星影の境界線で

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「ああ、その通りだ。だから、俺があいつのために何かしてやりたい、って思うのは当然だろ?」
 事もなげに答えるルイフォンに、〈蝿(ムスカ)〉は冷ややかに言う。
「……興が冷めました。帰って小娘と甘い夜でも過ごすがよいでしょう」
「勿論、そのつもりだ」
 畳み掛けるように、ルイフォンが言い返す。
 やってられない、とばかりの溜め息を漏らし、〈蝿(ムスカ)〉は立ち去ろうとした。その後ろ姿に、ルイフォンは問いかけた。
「お前、ミンウェイの父親、ヘイシャオだろ?」
「……さて?」
「でも、ヘイシャオは死んだはずだ。なら、ここにいるお前は何者だ?」
 ゆっくりと立ち上がりながら、ルイフォンは自分の体が自由に動くことを確かめる。〈蝿(ムスカ)〉の後ろ姿にじっと目を凝らし、間隔を測った。
「何者と言われましても、私は私ですよ。それとも私は、あなたが納得するような答えを言わなければならない義務でもあるのですか?」
 ルイフォンは、ふぅと息を吐いた。そしてわずかに間を置き、落とした声で言った。
「それもそうだな」
 その声の調子に、リュイセンは感づいた。目配せをしてルイフォンに了承を示し、臨戦態勢を取る。打ち合わせにはないが、この先は状況に合わせて従うという意味だ。
 ルイフォンもリュイセンに目線を返し、言葉を続けた。
「もしかして、お前が本物のヘイシャオなら伝えておこうと思っただけだ。――ミンウェイの結婚が決まった」
〈蝿(ムスカ)〉の動きが止まった。身構えていたリュイセンは、辛うじて平然を通す。
「相手は一族の男だ。いずれ総帥になる男――ここにいる、リュイセンだ」
「なんだと!」
 眦(まなじり)を吊り上げ、〈蝿(ムスカ)〉が振り返った。その瞬間、ルイフォンは隠し持っていた菱形の暗器を〈蝿(ムスカ)〉のサングラスに向かって投げつける。
「――――!」
〈蝿(ムスカ)〉のサングラスが弾かれ、宙に飛んだ。そこに晒された顔は――。
「エルファン……?」
「父上……」
 ――否。年齢が近いため酷似して見えるが、エルファンよりも頭髪に白いものが多く、血色が悪い。しかし、そっくりな顔。
 紛うことなき鷹刀一族の血を色濃く表す風貌に、ルイフォンとリュイセンは絶句した。
〈蝿(ムスカ)〉とは、ミンウェイの父ヘイシャオの〈悪魔〉としての名前。
 けれど、ヘイシャオは死んだはずなのだ。
 ならば、ここにいる〈蝿(ムスカ)〉はヘイシャオのふりをした別人であるか、過去にヘイシャオとして死んだ者が身代わりであったか――このどちらかなのだ。
 顔さえ見れば分かると、ルイフォンは考えた。鷹刀一族の直系なら、他の血族の者たちと似た顔であるはずだから、と。
「ミンウェイは俺のものだ。貴様などには渡さん!」
 鬼の形相となり、〈蝿(ムスカ)〉は、リュイセンに斬りかからんと刀に手をかけた。
 そのとき――。
〈蝿(ムスカ)〉の前を、光の糸が走り抜けた。はっと顔色を変えた〈蝿(ムスカ)〉は、荒く息をつくホンシュアを睨みつける。
 光の糸は数を増やし、〈蝿(ムスカ)〉を牽制するように、足元に光の小川を作り出していった。
「……またの機会にしましょう」
〈蝿(ムスカ)〉は落ちていたサングラスを拾い上げ、欠けていることに舌打ちしながら、足早に厨房を出ていった。
 あとには沈黙が残されるのみ……。
「あの顔……」
 ルイフォンが呟くと、リュイセンが「ああ」と応えた。
 ――どう見ても、一族の者だった。
 深い溜め息をついて、ルイフォンは癖のある前髪をくしゃりと掻き上げる。
「……ミンウェイが俺と結婚、って、なんだよそれ?」
 突っ込むどころか、驚くことさえ許されなかった大嘘に、リュイセンは抗議する。
「奴を動揺させるための方便だ。あそこで、ミンウェイの相手が俺と言っても、信憑性がないだろ?」
〈蝿(ムスカ)〉が、ミンウェイの父ヘイシャオなら、一族が近親婚を繰り返してきたことを知っている。ミンウェイの相手がリュイセンだと言われれば、なんの疑問もなく信じ込むだろう。そう踏んでのことだったが、効果てきめんだった。
「……人の気も知らんで……」
 リュイセンが口の中で呟いたとき、どさり、という物音がした。気力で体を支えていたホンシュアが、床に伏した音だった。


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN