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第七章 星影の境界線で

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「どういう……?」
「あなたはきっと、私を恨む……。私だって……自分が正しいとは思わない」
「おい、何を言って……?」
「ごめんね……。私が仕組んだの」
 支離滅裂だ。要領を得ない。
「いったい、何を……?」
 ホンシュアはルイフォンの問いには答えずに、言葉を重ねていく。まるで、追い詰められているかのように懸命に。
「あの子……は、私のせめてもの良心……。あの子はきっと、私の邪魔をする。――あなたのために」
 ――必死に伝えようとしている言葉には、絶対に意味があるはずだ。これは、ホンシュアがルイフォンに与えようとしている大事な情報なのだ。
 ルイフォンは心に刻み込むように、耳を傾ける。
「あの子……、いいことを言うわね。『……それがどんなに罪だとしても、私は何度でも同じことをします』」
「それ、メイシアが貧民街でタオロンに言った言葉だ……。どうして知って……?」
 不意にホンシュアが顔を上げ、くすりと笑う。
「〈蝿(ムスカ)〉の端末……こっそり乗っ取っておいたの」
「なっ!?」
 驚くルイフォンを、ホンシュアはいたずらな表情で見つめている。
 それが、ふっと真顔になり、はっきりと告げた。
「……それがどんなに罪だとしても、私は何度でも同じことをするわ」
 ホンシュアは、とても綺麗に笑った。
 そして、深く清らかな、慈愛の声で、言った。
「逢えてよかった……『ライシェン』」
 その瞬間、ルイフォンの脳裏に、さらさらとした鎖の感触が浮かび上がった。そして流れるような、金属の響き合う音。
 これは記憶の狭間で忘れられていた、過去の経験だ。『思い出した』という、強い感覚があるから間違いない。
 けれど、いったい、何を示しているのか?
「あ、れ……?」
 ルイフォンは、つい最近、この古い記憶と同じものを味わったことに気づいた。
「……メイシアのペンダントだ」
 手の中から机の上へ、すっと消えていく、くすぐったい触り心地と高い音色。メイシアにペンダントを返したときの記憶と重なった。
 ――と、思ったと同時に、脳を激しく揺すぶられるような感覚がした。目の前が真っ暗になる。
「うわぁぁぁ……」
 まるで、頭をかち割られたかのような激痛――!
 ルイフォンはたまらず、頭を抑えながら床にうずくまった。
「え? ルイフォン!? ――ライシェン? ……駄目ぇ!」
 ホンシュアが絹を裂くような悲鳴を上げると共に、彼女の背中から光と熱が吹き出した。
 露出した白い肌。肩甲骨のくぼみの辺りから、白金の光の糸があふれ出て、互いに繋がり合い、網の目のように広がっていく。それは、人間の背丈ほどまで伸びると、大きく横に広がった。
「これは、いったい……なんだ!?」
 黙って状況を見守っていたリュイセンも、この異様な事態に驚きを隠せなかった。唖然としたように呟くと、答えは足元から返ってきた。
「〈天使〉の羽。ホンシュアは〈天使〉なの」
 ファンルゥが、知っていることを自慢するかのように、得意気に言う。
「〈天使〉!?」
 まさに、その言葉通り、ホンシュアの背には光の羽が現れていた。
 光の糸の一本一本は均一の太さではなく、細くなったり太くなったりを繰り返しながら、複雑に絡み合っていた。そして時々、糸の内部をひときわ強い光が駆け抜けるように、輝きが伝搬していく。
 まるで、生命が激しく脈打っているかのよう――けれども、羽全体として見れば、風にそよぐかのように、ゆったりと優雅に波打っている。
 その輝きは徐々に増していき、ホンシュアの黒髪さえも、まばゆく照らされ、白金に輝いて見えた。
 ホンシュアは、苦しんでいるルイフォンの体を起こす。羽が大きく広がり、光で抱(いだ)くように彼を包み込んだ。
 ルイフォンの表情が、すぅっと穏やかになっていく……。
 そして、薄く目を開けた。
 そのとき――。
「厨房から、光……?」
 廊下から、低い呟きが聞こえた。
「ここにいたのか、〈蛇(サーペンス)〉!」
 憤りを含んだ声が響き、厨房と廊下を区切る扉が開かれた。
 そこに、〈蝿(ムスカ)〉がいた。


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN