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第七章 星影の境界線で

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 ルイフォンのほうだって、……否、あの男のほうこそ、異母姉に惚れ込んでいた。ハオリュウの最愛の、そして最高の異母姉に魅了されない男などいるわけないのだから。それでも、まだ、秘めた想いだったはずだ。――あのときは。
「姉様は貴族(シャトーア)で、あいつは凶賊(ダリジィン)だ。一緒にいられる相手じゃない。じきに父様も帰ってくる。僕たちは明日、家に帰るんだ」
 もうすぐ、別れのときが来る。
 めまぐるしくはあったけれど、ほんの二日間の出来ごとなのだ。一時(いっとき)の想いは、永遠とは異なる。運命の相手なんて物語の中だけだ。
「ハオリュウ」
 メイシアが彼の名を呼んだ。
 切なげに潤ませた瞳が、淡い光を反射した。
「ルイフォンは鷹刀を出るって――」
「なっ……?」
「そして私に、全部振り切ってそばにいてほしい、って言ってくれたの」
「……っ!?」
 ――絶句……。
 やがて脳がその告白の意味を理解すると共に、ハオリュウは全身の血が逆流するのを感じた。握りしめた拳がわなわなと震える。
 そんな彼の激昂に、メイシアの瞳には、こぼれそうなほどの涙の光がたたえられた。けれど彼女は、それを流さぬようにぐっとこらえ、ハオリュウの姿を凛と捕らえた。
「私も、ルイフォンのそばにいたい……!」
 この我儘は、涙などで通してはならない。そんな甘えは許さぬという、強さ――。
「姉様……」
 ――ルイフォンの良さなんて、とっくに分かっていた。
 けれど、貴族(シャトーア)として育ってきた異母姉が、凶賊(ダリジィン)として生活するなんて無茶なのだ。身分違いの恋が幸せにならないことなんて、ハオリュウの両親が証明している。
 傷の浅いうちに諦めさせるのが、彼女の幸せのためだ。――そう思って、異母姉を諭すつもりだった。
 それが、家を出るだと?
 奴の今までの生活のすべてよりも、異母姉ひとりに価値があると――?
「――畜生……!」
 ハオリュウは、部屋の照明が落とされたままであることに感謝した。明るくする機を逃したまま、話し込んでしまっただけのことなのだが、醜い嫉妬に歪んだ、惨めな顔を異母姉に晒さずにすんだ。
 ルイフォンが凶賊(ダリジィン)でなくなったとしても、彼が平民(バイスア)であることには変わりはない。身分の差は歴然としている。
 だから、ふたりの恋路には反対だ。
「…………っ」
 反対すべきだ。
 ――けれど、それは本当に異母姉のため……なのか……?
「……糞野郎が……」
 ハオリュウの心を慰めるように、静かな風が流れ、音もなく桜が舞った。薄闇の光はしっとりと優しく、彼を包み込む。
 彼は異母姉に悟られぬよう、ゆっくりと息を吐いた。
 胸の中の空気をすっかり出し終えると、妙にすっきりした。落ち着きを取り戻した彼の頭が、明晰に動き出す。
「……姉様」
「は、はい」
 改まったハスキーボイスに、メイシアが緊張の声で答えた。
「駆け落ちなんて、僕は許さないよ」
「えっ!? は、ハオリュウ!? 私はそんな、駆け落ちだなんて……」
 心底驚いたようにメイシアは体をびくつかせ、よろめきながら一歩下がる。大げさなほどの反応であるが、この異母姉のことだから本当に駆け落ちだと思っていなかったのだろう。
「姉様、常識がなさすぎだよ」
「そ、そういうことなの……?」
「それ以外のなんだっていうの?」
 メイシアが押し黙り、うつむく。薄明かりでは判然としないが、その顔は真っ赤になっているのだろう。
 ハオリュウは深く息をつく。
 異母姉には、しっかりと現実を見つめてもらう必要があった。
「あいつが家を出るのはいい。でも、姉様があいつのところに行くのは駄目だ」
 厳しい声がメイシアの耳朶を打つ。
 彼女は赤面から一転、愕然とした面持ちで顔を上げた。普段、柔らかな語調の異母弟が、「駄目だ」と言い切ることの重さに気づいたのだ。
「で、でも、私……」
 自分の思いをどう告げたらよいのか分からず、メイシアは言いよどむ。そして、そうやって言い返そうとする行為こそが、彼女の意志の固さの証明であることをハオリュウは知っていた。
 彼は、これから起こる異母姉の表情の変化を見逃すまいと、じっと彼女を見据えた。
「駆け落ちっていうのはね、周りからの反対にあって、どうしようもなくなったときにするものだよ。……僕は、姉様が幸せになるなら、祝福して送り出したい。ただし! ちゃんと準備してからね」
 メイシアは、その言葉の意味をすぐには理解できず、「……え?」と呟いたまま、声と表情が止まっていた。その反応に、ハオリュウは真顔のまま、心の中だけでほくそ笑む。
「姉様も、あいつも、舞い上がりすぎだよ。周りが見えなくなっている。――満足に家事もできない姉様が、いきなり平民(バイスア)の生活なんて、できるわけないでしょ? 頭を冷やしてよね」
 彼は、にっこりと微笑んだ。
「ハオリュウ……」
 メイシアの口から、絞り出したような声が漏れる。緊張のためか、自然と上がっていた肩がゆっくりと落ちていった。
 これで異母姉は、実家で花嫁修業でも始めるだろう。ルイフォンの人となりを認めはしたが、すんなり渡してやるほど、ハオリュウの心は広くはないのだ。
 ――せめてもの悪あがきに、正攻法で邪魔をしてやる。
 もしも、一時(いっとき)の想いなら、じきに冷める。……けれど、ふたりの想いはきっと変わらない。
 遠くない将来に、彼女を送り出すことになるだろう。ならば、今は嫌がらせに少しだけ先延ばしをさせてもらう。そのくらいはしても、罰(ばち)は当たるまい……。
 ハオリュウは、ふっと窓の外に目をやった。
 紺碧の夜闇に、星がまたたいていた。ルイフォンに繋がる空をハオリュウはじっと見つめ、らしくないなと思いながら、祈りを捧げた。
「ありがとう」
 メイシアの少し震えた声が響いた。ハオリュウが視線を移すと、彼女の両の目からは、涙の雫が煌めいている。――それは異母弟の彼が見ても、どきりとするほど美しく、幸せに満たされた女性の顔だった。
 ハオリュウは柔らかに顔をほころばせると、意地悪く言った。
「姉様は、これからが大変なんだよ? 分かっている?」
「わ、分かっているわよ」
「どうかなぁ?」
「う……」
 言葉に詰まったメイシアは、気まずそうにうつむた。いじけたように胸元のペンダントを握りしめ、もてあそぶ。
 その仕草に、ハオリュウは胸騒ぎを覚えた。
 ペンダントはルイフォンが贈ったとして、慌ただしい中、いつ用意したというのだろう。よく考えれば、何故ペンダントなのだ? この状況なら、指輪を渡すのではないだろうか。
 では、異母姉がずっと身に付けていたと言うのは本当なのだろうか。
 ――けれど、そのペンダントのことを、ハオリュウはまるで知らない。
 そんな異母弟の心中を知らず、メイシアは「大丈夫よ、頑張るもの……」と、うそぶいていた。そのうち、ここにはいない大切な人を思い出したのか、優しく呟く。
「少し前までは、こんなことになるなんて、想像もしていなかったわ……」
 その言葉は、しっとりと甘い。
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN