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第七章 星影の境界線で

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 夢見心地のメイシアを見て、やはりペンダントの送り主はルイフォンなのだと、ハオリュウは思った。無駄な思考をやめ、異母姉に同意の相槌を打つ。
「本当に。なんか、信じられないね」
「うん。ハオリュウが身代金目的で誘拐されたのだと思ったら、それは厳月の陰謀で、そして……」
 メイシアは途中で言葉を止めた。
 薄明かりの中でも、はっきりと分かるほど、彼女は蒼白な顔をしていた。
「姉様?」
 ハオリュウが、異母姉の顔を覗き込む。その瞳は、夢から覚めたように大きく見開かれていた。
「私、事件のことは、ルイフォンやイーレオ様の言うことを信じていればよいと思っていた。私が余計なことを言って、邪魔をしてはいけない、って。けど……」
「けど――?」
 急に様子の変わった異母姉に戸惑いながら、ハオリュウは問い返す。
「貴族(シャトーア)の私だからこそ、気づくことがあるのかもしれない……」
「なんのこと?」
「厳月の……、違和感」
 澄んだ美しい声であるにも関わらず、その言葉は冷たく空気を切り裂いた。
 彼女は、ハオリュウをじっと見つめた。そして、ややためらいがちに尋ねる。
「ねぇ、ハオリュウ。ルイフォンは、斑目が厳月を裏切り、縁を切ったと言っていた。でも……、そんな一方的なやりように、厳月が黙っていると思う……?」
「確かに、あの厳月が凶賊(ダリジィン)に利用されただけ――なんて許すはずがないね」
 凶賊(ダリジィン)の身分は、平民(バイスア)。貴族(シャトーア)からすれば、被支配階級だ。貴族(シャトーア)の感覚でいけば、凶賊(ダリジィン)など金と権力を餌に飼い馴らせる、便利な家畜といった程度に過ぎない。
「うん……。でも、凶賊(ダリジィン)のルイフォンたちは、貴族(シャトーア)の気位の高さを計算しきれていないと思うの……」
 メイシアの言葉に、ハオリュウはしばし考え込んだ。口元に手を当て、目線を下げる。
 普段の彼なら、もっと早くに異母姉の言う違和感に気づいただろう。だが彼は、つい半日前まで何も知らされることなく、斑目一族に監禁されていた。解放されてから一気に情報を詰め込まれたのでは、聡明な頭脳が本来の機能を発揮できなくても仕方あるまい。
「……なら、厳月は斑目一族に、なんらかの報復をしようと動いている? いや、もう報復は秘密裏に行われた可能性も……」
 厳月家と斑目一族――この二者だけの問題になっているのなら、ハオリュウとしては、どんなことが起ころうと、どうでもよいことだ。だが、藤咲家に飛び火しようものなら許さない。全力で火の粉を振り払う。
 険しい顔になったハオリュウに、メイシアが気後れしたような視線を向けた。
「ハオリュウ、私が考えたことは、少し違うの」
「え?」
 深窓の令嬢として育ったメイシアは、人を疑うことを知らない。だから、その瞳は疑惑に曇ることなく、冷静に事実だけを見極める。
「一度手をくんだ貴族(シャトーア)と凶賊(ダリジィン)が、そう簡単に縁を切るかしら? 縁を切ったところで互いに利益がないのに。……なら、仲たがいしたというのは、実は私たちの勘違いなんじゃないか――そう思ったの」
「でも、斑目一族は厳月の意向に逆らって、父様を囚えたんでしょ?」
 それを許す厳月家ではあるまい。ハオリュウは異母姉に疑問をぶつける。
「そのことなんだけど……。斑目と厳月は手を組んでいたのよね? なら、斑目と厳月が共謀してお父様を囚えた――という可能性もあるんじゃないかしら?」
「それって、厳月にはなんのメリットもないよ?」
「でもね、そう考えたほうが自然なの……」
 春風が舞い込み、薄明かりが不吉に揺らめく。月影に絡め取られるような錯覚を覚え、ハオリュウは思わず身を震わせる。
「つまり厳月は、まだ舞台から下りてはいない――と」
 彼は、噛みしめるように呟いた。
 異母姉の考えすぎであってほしいと思う。――だが、こういうときの彼女の勘は、外れることがないのだ。
 知らずに握りしめていた拳の中で、当主の指輪が自己主張をした。その痛みに、ハオリュウは、硬い顔で自分を見つめる異母姉に気づいた。
「姉様、大丈夫だよ。僕がいるよ」
 最愛の異母姉には、不安な顔は似合わない。ハオリュウは内心を押し隠し、根拠なき言葉で笑う。
 不意に強い風が吹き込み、テラス窓が大きく開かれた。メイシアの小さな悲鳴が上がり、長い髪が乱され、桜の花びらが散らされる。
 美しい花の嵐の中に、災厄のひとひらが紛れ込んでいる――。
 ハオリュウは欠けた月に挑むような目を向け、テラス窓をぴしゃりと閉めた。


作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN