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第七章 星影の境界線で

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4.銀の鎖と欠けた月



 春の夜は、やや肌寒かった。
 ハオリュウは、くしゅん、と小さなくしゃみを漏した。部屋にスーツの上着を置いてきたことを、少しだけ後悔する。
 通された客間には、ミンウェイが用意してくれた部屋着が置いてあったが、袖を通していなかった。それは、凶賊(ダリジィン)からの借り着を良しとしなかったからではなく、鷹刀一族の人々が藤咲家の依頼に命を賭しているときに、くつろぐ気分になれなかったからだ。
 実のところ、作戦に入ってしまえば貴族(シャトーア)の彼にできることはない。ミンウェイも、今まで斑目一族に監禁されていたハオリュウを気遣い、横になるよう勧めてくれた。
 しかし、彼は丁重に断った。休んでなど、いられるわけがなかった。
 かといって、後方で指揮をとるのであろう総帥イーレオや、捕虜の自白を任されたミンウェイのそばにいても邪魔になるだけである。
 そんなわけで、彼は部屋でおとなしくしていたのだが、ふと思い立って異母姉メイシアの部屋に向かうことにした。
 屋敷中がざわめきに包まれているものの、夜は深く更けている。姉弟といえども、女性の部屋を訪れるのは非常識な時間だろう。
 だが、今晩に限っては、異母姉は夜を夜とも思わずに、じっと空でも見上げているに違いない。あの男――鷹刀ルイフォンを想って。
 ハオリュウは不快げに鼻に皺を寄せ、それから感情をストレートに顔に出した自分を恥じ、咳払いをした。作戦遂行のため、凶賊(ダリジィン)たちは、ほぼ出払っていて廊下には人気(ひとけ)がない。誰にも見られなかった幸運に、ハオリュウは、ほっと胸を撫で下ろした。
 ――異母姉は、鷹刀ルイフォンのどこを気に入ったというのだろう。
 完璧な美貌と、比類なき刀技を有する、直系の鷹刀リュイセンなら分かる。暴走した警察隊員から異母姉を救ったときのリュイセンには、心の底から感服した。彼が凶賊(ダリジィン)であることが、残念でならない。
 それに対し、ルイフォンは手が早くて、口達者で、抜け目がなくて、策を巡らせるのが上手くて……。
『メイシアの親父さんを助けるために、他の誰かが犠牲になったら、メイシアが悔やむだろ?』
 ルイフォンは、そう言った。そして、全部ひとりでやると豪語した。結局は、一族全体で動くことになったわけだが、作戦の概要を立てたのはルイフォンだ。
 そもそも、父の救出を急ぐことになったのは、ハオリュウが後先考えずに行動して、結果として斑目一族の意向に逆らったからだ。なのにルイフォンは、責めるどころか、必死な思いを「いいと思うぜ」と言って受け止めてくれた。
「糞……っ」
 ハオリュウは、ぎりりと奥歯を噛んだ。


 ひときわ立派な客間の扉にたどり着いた。
 ハオリュウが遠慮がちにノックすると、メイシアはすぐに出てきた。部屋の照明は落とされていたが、彼女はずっと起きてテラスにいたのだろう。その証拠にテラス窓は開け放たれたままで、夜風が桜の花びらを運び込んでいる。
「ハオリュウ、どうしたの?」
 欠けた月と庭の外灯の薄明るい光が、メイシアを神秘的に照らし出した。もともと美の化身のようだった彼女だが、今は更に艶(つや)めいて見える。
「姉様が心配だったから」
 当然のように彼を部屋に招き入れる無警戒なメイシアに、ハオリュウは複雑な気分になった。
 勿論、追い返されても困るのだが、そんな無防備な行動が相手にどんな感情を抱(いだ)かせるかなんて、異母姉はちっとも考えていないのだろう。そして、彼女が扉を開いた相手は異母弟の自分だけではないことを、彼は知っていた。
 そんな異母弟の思いも露知らず、メイシアは優しく微笑む。
「私なら大丈夫よ」
 彼の気遣いを純粋に喜んでいることが伝わってくる。我ながら単純なものだと思いつつ、ハオリュウは目元を緩ませた。
「大丈夫なもんか。姉様が、ずっとあいつのことを心配していることくらい、分かっているよ。ひとりで不安がっていることも……。だから僕と話していれば、少しは気が紛れるかと思ってね」
「ありがとう、嬉しい。……でも、ごめんね、心配だけはさせてほしいの。私にできるのは、それくらいだから」
 沈んだメイシアの様子に、ハオリュウは言葉を詰まらせた。鷹刀ルイフォンは、気に入らない。憎いわけではないが……気に食わない。
 あの男は本来、前線に出る役回りではないらしい。それなのに、無理は承知で敵地に乗り込んでいった――異母姉のために。
「あいつ……格好つけやがって。無茶なことを……」
 かすれたハスキーボイスで唇を噛む。その言葉に不安を覚えたのか、メイシアがむきになるように強い口調を放った。
「大丈夫よ! ルイフォンは、きっと、お父様を救い出してくれる。心配ないわ……!」
「……姉様、言っていることが矛盾しているよ」
 ハオリュウが溜め息混じりに少しだけ笑うと、メイシアは「あ……」と小さく声を漏らし、恥ずかしげに口元に手をやった。
「『神速の双刀使い』が一緒なら、大丈夫だよ」
 異母姉を安心させるように、ハオリュウは、先ほど聞いたばかりのリュイセンの二つ名を口にする。
「そ、そうよね」
 メイシアは、そろそろと手をおろし、胸元のペンダントを握りしめた。祈るような仕草に、首元の細い鎖が薄明かりをきらきらと弾く。
 ハオリュウは切り出しあぐねていた話の足掛かりを見つけ、小さく息を吐いた。
「そのペンダントは、あいつからの贈り物なの?」
「え?」
 メイシアが驚いたように聞き返した。
「午後に、僕が姉様と話したときには付けていなかった。けど夕食のとき、姉様はあいつと一緒に食堂に来て、そのときは付けていた。そして、父様を救出しに出掛けるあいつを見送るとき、姉様はそのペンダントを大事そうに握っていた。――今みたいに」
「何を言っているの、ハオリュウ? これは私がいつも身に付けている、お守りのペンダントでしょう?」
 メイシアが焦ったように言い返す。
 なんとも下手な嘘である。いつも身に付けていたのなら、一緒に暮らしているハオリュウが知らないわけがないではないか。
「誤魔化さなくていいよ、姉様」
「誤魔化してなんか……」
 おとなしい異母姉が食い下がる。そのことが、ハオリュウを苛立たせた。彼は感情的に言い返しそうになるのをぐっとこらえ、瞳に冷ややかな光を宿した。
「姉様に嘘までつかせるとはね……。――姉様。あいつと何があった?」
「え――――」
 メイシアが小さく口を開いたまま、動きを止めた。
 彼女の肩に、桜の花びらがふわりと舞い降り、薄明かりを白くはね返す。夜風が揺らす長い髪のそよぎだけが、彼女が作る時の流れだった。
「僕が気づかないわけないでしょ?」
 ハオリュウの、決して低くはならないハスキーボイスが迫力を帯びる。
 庭でメイシアがルイフォンに口づけたとき、ふたりはそういう関係ではなかった。そんなことは、ハオリュウなら見れば分かった。
 無論、箱入り娘の異母姉が暴挙に出たくらいだから、心憎からず思っていたことは確かだったろう。けれど、それは彼女の心の内のみの話だったはずだ。
作品名:第七章 星影の境界線で 作家名:NaN