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短編集30(過去作品)

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 相手が人間である場合とそうでない場合とで、予感というものは違う。相手が人間だと「虫の知らせ」ということになるのではなかろうか。
 その時に感じた不思議な予感は、虫の知らせにも似ていた。しかし、誰かが死ぬというような予感ではない。しかし、虫の知らせで感じる悪寒のような寒気を感じたのも事実で、それが表の寒さと関係があるようで不思議な気持ちだった。
 薄いグレーの空模様が、次第に濃くなっていく。あたりが闇に包まれ始め、峠に差し掛かった頃には、道路横の木々が風に揺れているのがハッキリと分かった。
 峠を越えてから、まだ会社まではかなりある。会社から営業に出る時は、この峠の近くまでくると、
――かなり近づいてきたな――
 と感じ一安心できるあたりであった。帰り道での最初のチェックポイントとして認識している場所である。
 暗くなりかけると、フロントガラスに当たる白い雪が目立つようになってきた。先ほどからちらほらしているのは分かっていたが、闇に包まれ、目の前に降ってくる雪の白さが走っているスピード感を鈍らせる。
――本当に走っているのだろうか――
 さほどではなくとも、吹雪いているように見えるのは、車が止まっている時の感覚で見ているからだろう。当たっては溶ける雪の塊、一つ一つが大きく、このままでは積もってしまうのではないかと思わせるほどであった。
 こちらに営業で来るようになって初めての冬、峠をいくつも越えなければならないので雪は覚悟していたが、いよいよその時期がやってきたのかと思うと、憂鬱であった。前任者が、引継ぎもそこそこに転勤していったので、必要最小限の話しか聞いていない。少しでも聞いておけばよかったと後で後悔したものだ。
 ラジオをつけて走っていた。
 真っ暗な中でヘッドライトが照らし出す真っ白な雪、幻想的な中で、カーラジオからはクラシックが流れていた。
 ピアノとパイプオルガンの奏でるシンフォニー、さらなる幻想を私に見せてくれる。時間的にはまだ宵の口なのに、あたりはすでに真っ暗で、深夜を思わせる。
 大魔が時と呼ばれる時間があるらしい。夕方の一番寂しい時間帯。魔物が現われる時間というが、日が沈む寸前にモノクロに見える時間が一瞬あるらしい。一番事故が起こりやすい時間帯であることからも、魔物のせいだと言われていたのだろう。
 走っていて当たる雪ばかり気にしていると、時間の経過が麻痺してきた。
 さっきからかなり走ったような気がしていたが、時計を見るとまだ少ししか走っていない。ラジオはついているが、聞いていても後で思い出そうとしても覚えていないだろう。
 かなり時間が経っているように感じているのは、きっと暗くなるのがあっという間だったからだ。峠までの距離は自分でも分かっているつもりで走っていたが、まだ真っ暗になるまでには時間があると思っていた。グレーが徐々にではなく、いきなりブラックに変わってしまったのだ。
 いつもの峠を越え、道が下り始めた。下っているのは分かるのだが、どの当りを走っているのかあまりにも真っ暗でピンと来ない。
 ここまで暗くなってこのあたりを走ったことはなかった。すっかり日が暮れてから走ったこともあったはずなのだが、その時はまだ少し明るかったように記憶している。車のエンジン音が鈍くあたりに響いている。少し電波の入りにくいところに差し掛かったのだろうか、ラジオの入りが悪くなる。「ガーガー」という雑音が「ザーザー」となり、次第に音も小さくなっていく。
 ラジオを切った。すると、静寂な中で響くエンジンだけが目立ち始めたが、ラジオと一緒に聞いていた時に比べれば今度は少し音が大人めに感じられる。
 さっきまで降っていた雪がゆっくりと落ちてき始めたように見える。先ほどまで風が強いだろうと感じていたが、今は無風のような気がして仕方がない。
 すると、目の前に丸い明るいものが見えてきた。オレンジ色に光っている丸いものは、いつも通る時にはそれほど明るく感じることのなかったトンネルである。トンネルを抜けると蛇行する道が続き、そのまま麓の街に出てくるはずである。いつもトンネルから先と手前では天気が違っているので、トンネルが見えてくると安心する。きっとトンネルの向こうは吹雪いてなどいないと思うからだ。
 トンネルは結構距離がある。鼓膜が張ってくるほどの気圧の違いがあり、トンネル自体カーブになっているので、距離的なものもハッキリと認識できていないだろう。
 そういえば、不思議なことに、ここまで来るのに、他の車とすれ違ったという記憶がない。いや、すれ違ったのかも知れないが覚えていないだけなのか、しかし、それでも目の前を通り過ぎるヘッドライトを見た記憶がない。それだけ目の前に降りつける雪が気になって仕方がなかったのではあるまいか。
 それでもやはりヘッドライトに気付かないなんておかしい。車が通過しないのもおかしい。ひょっとして真っ暗だと思っているのは自分だけで、反対方向から来る車はまだライトなど必要ないところを走っていたと考えたりもする。
 確かにこれほど早く日が暮れるなどおかしいことだ。時間としてもまだ夕方の時間帯である。暗くなりかけても、一気に太陽が沈むなど信じられない。むしろ太陽が厚い雲に隠れてしまったと考える方が矛盾を感じない。
――これだけの寒気の中だと、きっと厚い雲に覆われていてもおかしくはないだろう――
 特に山の天気は変わりやすいし、下界にない顔を持っている。気持ち悪いと感じるのも虫の知らせだけではないに違いない。
 トンネルに差し掛かると、一気に今までの暗さが嘘のように感じられた。最初から明るいうちにトンネルに入り込んだようで、目の前に閃光のようなものが走るのを感じた。
――閃光――
 トンネルに入って今までに幾度となく感じたように思うが、それも入った時の一瞬で、すぐに昔の裸電球のような申し訳程度の明かりに思えてしまう。どうしてもオレンジ色の明かりには白光の蛍光燈がイメージする煌びやかさはない。
 トンネル内で響くエンジン音はいつもの音だった。それだけに、先ほど感じた静寂の中での轟音が不思議に思えて仕方がない。まわりを囲まれている場所で音が篭っているトンネル内でもないのに、鈍い篭ったような音が響いていたように思うからだ。
――本当に表を走ってきたんだよな――
 不思議な感覚が胸騒ぎを呼び起こす。いつもの道を走ってきたはずなのに、その感覚がまったくないのだ。トンネルが現れたから少し安心したようなものの、トンネル内では本当に帰っているのか疑問に思うくらいだった。
 なぜならトンネルに入るとそこから先は急な下り坂、カーブしているのは、坂になってるからで、いつもであれば下っていることはアクセルの具合で分かる。
 しかしその日に限って下っているようなアクセル感覚ではなかった。逆に上っているような引っ掛かりが違和感となって襲い掛かってくる。頭を傾げながら走っていくが、果たしてこの長居トンネルを抜けるまでどれだけの時間が掛かるか、ここまで走ってきたのを考えると見当も付かないだろう。
作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次