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短編集30(過去作品)

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 相変わらず目の前を通り過ぎる車もない。思わずクラクションを鳴らしてみるが、まるでお寺の鐘のような、何とも低い鈍い音が果てしなく続きそうであった。
 トンネル内を走っていると、朝の目覚めを思い出す。
 私の部屋は、東向きなので、目が覚めると朝日が飛び込んでくる。オレンジ色の朝日が飛び込んでくるのを感じるが、トンネル内の明るさとは断然違い、瞳を刺すほどの痛さを感じる。
 今日の目覚めは最近にないほどいいものだった。目覚めというと、どうしても瞼が重く、身体が硬くなっているものだが、何よりもそれに伴った頭痛が一番厄介である。
 しかし今日に限っては頭痛などまったくなく、最近感じている底冷えもないようだ。冬のこの時期は太陽の角度が鋭利なため、差し込んでくる光も強烈なものである。ガラスを通しての太陽光は暑さまで感じ、薄っすらと汗を掻いているのが気持ち悪かった。
 放射冷却現象というのだろうか、表はかなりの寒さで、霜が降りていることは想像がついた。
 身体を起こしてみるが、やはり軽かった。いつもは、布団から出るのが億劫で、まだ寝ていたいと思うのだが、今日は少し違っていた。確かにまだ寝ていたいと思ってはいるが、布団から出たくないという意味ではない。まだ、目を覚ましたくないという意味である。
 いつもは疲れが溜まっているせいか、見た夢を覚えていないものだが、今日は夢を見た記憶が残っている。夢というのは、目が覚める寸前に見るものだという。覚めてくるにしたがって、忘れていくものらしいが、覚えている夢というのは、得てして怖い夢だったり辛い夢だったりが多い。
 今日は夢の内容までは覚えていないが、確かに楽しい夢を見たようだ。目が覚めてくる間に、
――覚めないでくれ――
 と、感じたように思えるのだ。
 夢を見ていることを自覚していたのだ。いつもいい夢というのは、ちょうど楽しい時に終わりがやってくる。その辛さが分かっているので、無意識に覚める寸前に、これは夢だと分かっているのだ。
 誰かが私を呼んでいるようだ。
 夢の中で響いている声は女の人のようなのだが、誰だか分からない。しかもそれが夢の中からなのか、夢の外から私を現実に引き戻そうとしている声なのかも分からない。
 声のする方を一生懸命に探している。遠くからしているのは分かっていて、探すのだが、こっちかと思えばあっちだったりと、声のする方を意識すればするほど、分からなくなっていくようだ。
 夢から引き戻される瞬間、実に口惜しいと感じ、何とか、そのまま寝ていようと努力を重ねている。しかしそれも所詮は無駄な努力。夢からの引き戻しは、自分の意識とは正反対の意志がどこからか働いているようだ。
――夢の外にも自分がいるんじゃないだろうか――
 と考えたことがある。それはやはり楽しい夢を見ていて、引き戻される感覚に陥った時だった。その時のことがまるで、昨日のことのように脳裏をよぎったのだ。
 表の自分が目を覚ました時に私の中に戻ってくるのだと考えれば、夢の中の自分とは違う自分ではないかという思いもまんざら無理なものではない。
 楽しい夢から覚めた私は、そのまま布団から飛び起きていた。時計を見ると、出勤時間には、まだかなり時間があった。
 テレビをつけてみると、早朝の番組をやっていた。見るのはいつ以来だっただろう。天気が気になって天気予報を見ることはあっても、あとは、ほとんどBGMの代わりとしてつけているだけだ。
 いつも起きる時は、ステレオを掛けている。昔のロックが好きな私は、朝はいつもロックと決めているのだ。一人暮らしの楽しみともいえるだろうが、幸いにも防音効果のある部屋なので、迷惑も掛からない。それほど大きな音を立てたりしないので、ちょうどいいくらいの音量である。
 テレビをつけて見ていると、女性キャスターの甲高い声が朝の目覚めにはちょうどよかった。普段であれば、少し鬱陶しいと思うかも知れないが、今日に限っては耳に心地よかった。
――この声――
 そうだ、夢から引き戻された時のあの声、まさしく今テレビから聞こえてきた声だった。
私がこの番組を見るのは初めてだ。見たことはあるかも知れないが、テレビで喋っている女の子は間違いなく初めて見ると思う。何しろ新人アナウンサーで、デビューがここ数ヶ月ということなので、あまりテレビを見ない私としては、見ていなくとも不思議はない。
――まるで予知能力みたいだな――
 テレビをつけたのはまったくの偶然。偶然が重なって、つけた瞬間に飛び込んできた声が、先ほどのなまめかしい声だったのだ。テレビからは元気な声が響いているが、夢の中ではかなり籠もって聞こえたようだ。まるで朝靄の掛かった中で聞こえてくる声のようにこだましていたようにも感じる。
 それにしても夢から引き戻された時に、どんな言葉を発したのか、覚えていない。声だけが頭の中でハウリングしていて、セリフが出てこないのだ。
 今テレビの中でにこやかに喋っている顔を思い浮かべながら目を瞑ると、瞼の裏に夢の断片がよみがえってくるようだ。
 暖かな高原で花に囲まれている光景を思い出す。穏やかな雰囲気の中で蝶が飛び交っている。メルヘンの世界のお花畑そのもので、まるで絵本の中から飛び出してきた風景を目の当たりにしているようだ。
 ほのかな花の香りが漂っている。普段なら花粉症を気にして鼻孔がむずむずしてくるはずなのだが、夢だという意識があるのか、花粉症をまったく意識しなかった。
 ゆっくりと流れる時間の中で、鳥の囀りが聞こえてくるようだ。身体が軽いのに、まるで水の中にいるように身体が風に靡いている。自然な動きは、木の枝のようにサラサラと音を立てている。
――眩しい――
 空の眩しさはまるで蛍光燈のようであり、眩しさを感じるのだが、どこか不自然である。遠くに見える山々が平面に見えるのは目の錯覚だろう。しかし、ほのかな空気の流れは室内にいるような穏やかさで、表の風ではない。これも夢だという意識の成せる業なのだろうか。
 眩しい光の中で誰かを探していたような気がする。それは女性だった。どんな顔をしている人を探しているのか覚えておらず、探しながら自分で顔を思い浮かべていたかすらも明らかではない。
「おーい」
 夢の中で叫んだ声が、耳の奥でこだましている。普段自分が認識している声と比べると二オクターブくらい高い声で、明らかに篭って聞こえてきた。室内にいるような気がするわりには靄が掛かった森の中で叫んでいる声と似ている。不思議な感覚だった。
 私は常々、従順な女性を求めている。夢の中でもそんな女性を求めているはずだ。顔のイメージとしてはポッチャリ系で、あまり背が高くない女性。綺麗というより可愛らしさが醸し出されるような女性である。
 普段、まわりにそんな女性がいないわけでもない。しかし彼女には決まった恋人がいて、私の手が届く相手ではない。分かっているからこそ、夢の中で求めているのではないだろうか。
――夢とは潜在意識が見せるもの――
 という考えがあるが、まさしくその通りである。私の意識の中にいる彼女が、私に従順な女性として何度か私の夢の中に登場している。
作品名:短編集30(過去作品) 作家名:森本晃次