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クリスマス・ディナー

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(おなかすいたなぁ……)
 翔太は一人ぽつんとテレビを見ていた。
 今日はクリスマス・イブ、好きなアニメを見終わってしまうと、どのチャンネルに合わせてみてもクリスマス特番ばかり、幸せそうな家族の映像が賑やかなクリスマスソングに乗って垂れ流されるばかり。
(ママ……)
 翔太は思わずそう呟いた、すると知らぬ間に涙が一筋こぼれ落ちた。

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 翔太の父、佐藤亮太は自宅の一階で小さな洋食店を営んでいる。
 イタリアンを基調としたその店は、気軽な雰囲気でリーズナブルな価格設定ながら味は確かだと評判が良い、そんな店だから特に従業員を置く事はなく、亮太が厨房で腕を奮い、妻の里美がウェイトレスを務め、夫婦で切り盛りして来た。
 レストランであるがゆえに佐藤家のクリスマスは書入れ時、家族水入らずで過ごすと言うわけには行かない、しかし、どんなに店が忙しくても、亮太は翔太の為に好物のオムライスを作ってやり、里美はそれを翔太が待つ二階へ運んでやっていた。
 だが、その里美は今年の夏、突然の病で亡くなってしまったのだ。
 心筋梗塞……それは何の前触れもなく起こり、異変に気がついた亮太がすぐに救急車を要請したのだが、病院に到着した時には既に心肺停止状態で手の施しようもなかった。

 あまりに急な事で茫然とした亮太。
 しかし全く予兆がなかったわけではない、医師は『本人はともかく、それに家族の方が気付くのは無理ですよ』と言ってくれたが、そう割り切れるものでもない。
 ただ、翔太を遺してくれたのは大きな救いだった。
 既に六歳だから一人で育てて行こうと思えば出来ない事はない……六歳の子供にとって母の不在は辛いだろうが、幸い自宅兼店舗での仕事、里美の分まで愛情を注いでやらなくては……忘れがたみでもある翔太の成長を楽しみに生きて行く事は出来るし、里美のためにもそうしなくてはならない、そう思うことができたのだ。

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 翔太は階段を下りてそっと店の様子を伺った。
 父は厨房に、客席にと忙しく立ち働いている、とても『おなかすいた』などと言える様子ではない。
 そして……。
 客席にはカップルに混じって親子連れの姿もあった、自分と同じ位の子が両親を一緒に食事を楽しんでいる。
 その様子をしばらく盗み見ていると、いたたまれない気持ちになる。
 そっと二階へ戻ろうかと思ったが、母がいない部屋に戻ればまたさみしくなるだけ……。
 翔太は音を立てないように気をつけながら靴を履いて玄関ドアを開けた。

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「またその話? 今度にしてよ、せっかくのいい気分が台無しだよ」
 恋人である宏明のその言葉に、池田文江は小さく溜息をついた。
(結局、この人は私との結婚なんて考えてないんだわ……)
 薄々は、と言うよりもほとんどそれはわかっていた。
 自分はもう三十二歳だが、宏明はまだ二十六歳。
 自分とデートし、抱くことには興味はあっても、結婚などと言う事は考えていない、よしんばいつかその気になってくれたとしても、それはいつになることか……。

 今日はクリスマス・イブ、『どこかで食事でもしようか』と言う宏明に、自分が腕を奮うからと言って彼のアパートにやって来た。
 料理は普段からやっているからある程度の自信はある、実際、宏明も喜んでくれた。
 そしてそのままベッドに……。
 だが、そっけない言葉を投げかけられた後となっては、宏明に抱かれて自分の体が悦んでしまったことさえ悲しくなる。
 
 付き合って三年になる。
 付き合い始めた時、宏明は二十三歳、ようやく社会人としての生活が板について来た頃で、その時文江は二十九歳、そろそろ結婚相手を見つけなければ、と思っていた、と言うより焦っていた。
 文江の母は文江が十八歳の時に亡くなった、それ以後は父との二人暮らし。
 しかしその父も癌に侵されて余命宣告を受けていた、生きている内に孫を抱かせる所までは行かなくとも、安心させてやりたいと思っていたのだ。
 それに恋人が六歳も年下だと自分の年齢も気になってしまう、宏明がまだ若く少々頼りないことは承知の上、それでも六歳も年上の自分を好きだと言ってくれたのは事実だったが、四年後、五年後になればどうなるか……。
 その父も昨年末に亡くなってしまい花嫁姿を見せてやる事は出来なかったが、宏明との結婚は文江自身が強く望んでいた事でもある。
 正直、レストランでの食事ではなく手料理を振舞うと提案したのは、その事を伝えたいという思いを込めてのことだった。
 だが、それは全く伝わらなかった、そして自分を抱いて性欲も充たしてしまうと宏明は途端にそっけなくなる。
 付き合い始めた頃は確かに愛されていると感じられたが、最近はいつでも抱ける女としてしか見ていないんじゃないかと思うことがある、デートしている時はあまり楽しそうではなく、ベッドに入った時だけ情熱的なのだ……。

「え? 帰るの? 泊まって行けよ」
 文江がベッドから出て身支度を始めると、宏明は後ろから抱き着いてくる。
 つい傾きそうになる気持を懸命に建て直しながら、文江は言った。
「もう一度抱きたいだけなんでしょう? わかってるのよ」
「そんなことないって、愛してるよ、文江」
「だけど、私を貰ってくれる気なんかないんでしょう?」
「そんなことないって、まだピンと来ないだけで」
「真剣に考えてくれるようになる日は永遠に来ない気がするわ」
「そんなことないって、あと何年かすれば……」
「ううん、時が経ては経つほどあなたはただ私に飽きて行くだけ、あなたが三十になった時、あたしは三十六になるわ、それでもずっと愛してくれるって言えるの?」
「そりゃまぁ、そんな先の事はわからないけどさ……」
「それじゃ嫌なの、あなたを待ち続けて歳だけ重ねて、『やっぱり無理』って捨てられるくらいだったら、今サヨナラしたほうがずっとましよ」
「そんなこと言うなよ……」
「ごめんなさい、もう無理なの、あなたは若いんだから他に良い娘を見つけて、私は私で幸せを探す」
「どうしても?」
「ええ、どうしても」
「だったらさ、せめて別れを惜しんでもう一回……」
 そう言って抱きついて来る宏明を振り払うようにアパートを後にした。

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 思わず家を出て来てしまったものの、翔太に行く当てなどあるはずもない。
 足が向いたのはいつも友達と遊んでいる公園。
 しかし、冷たい光を放つ蛍光灯に照らし出された夜の公園はものさびしいだけ……。
 翔太は一人ブランコに乗って揺れてみる、もっと小さい頃、背中を押してくれた暖かい手、砂場で遊ぶ自分を見守っていてくれた温かい目、ジャングルジムに挑戦した自分に『気をつけるのよ』と言ってくれた暖かい声……。
作品名:クリスマス・ディナー 作家名:ST