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後ろに立つ者

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 その日は水曜日で、まだ週の半ばである。週の半ばというと、電車もそれほど多くないという感覚だったが、こんなにたくさんの人が駅に向かっていると思うと、不思議な気がした。やはり普段とは違う目が働いているのかも知れない。
 週の半ばというと、本当は一番疲れが溜まりやすい時だった。
 帰り着くまでは気が張っているので、さほど意識はないが、辛いのは木曜日の朝だった。目が覚めているのに、起きるのが億劫なのだ。そんな時、
――本当に目が覚めているのかな?
 と感じさせられる。
 目が覚めるということがどういうことなのかを考えさせられる。
 身体を起こして、動けるようになるまでは、まだ寝ていると考えるべきなのか、それとも、意識の中で、
――目を覚ました――
 と感じた瞬間から目を覚ましたと見るべきなのかを考えていた。
 もし、前者であるならば、木曜日は目を覚ましていないことになる。惰性で身体を動かして、実際に目が覚めるのは、部屋を出てからになることも少なくないかも知れない。
――何が身体を突き動かすのだろう?
 と考えるが、突き動かすというよりも、やはり惰性と、毎日の習慣が身体に沁みついていて、動かすのではなく、
――動かされている――
 と考えると理屈には合う。
 しかし、この理屈はサラリーマンの悲哀を感じさせるようで、本当はありがたくないと感じていたのだ。
 その日は、駅までは行ってみたが、電車に乗る気は最初からなかったように思えた。人の多さに、最初は帰るつもりだったのが決意が鈍ってしまったのだと思ったが、どうもそうではないようだ。
 一つはお腹が減っていたのもあった。
 ファーストフードもいいが、ファミレスも悪くない。駅前の通りには、二十四時間営業のファミレスがあった。深夜というのに学生が多い。うるさい連中もいるかと思い、食事をしたらすぐに出るつもりで中に入った。
 想像した通り、まだ学生が結構いた。しかし、日付が変わる前にほとんどの人が帰って行き、人はまばらになった。
――これならいいかな?
 信義はそう思い、前の日に買っておいた文庫本をカバンから出して、読み始めた。
 注文したものが来るまでのしばしの間だけだったが、何もしないで待っていると、なかなか時間が過ぎてくれないのに対し、本を読んでいると、あっという間に過ぎる気がした。しかも、お腹が減っていると言っても、中途半端な空き具合であった。読書をしていれば、なぜか腹が減ってくる。時間があっという間だということに何か関係があるのかも知れない。
 関係があるとすれば、集中していると、他を意識することがない。自然と空腹に導いてくれるというよりも、自然な状態に戻してくれるという感覚になるのかも知れない。そう思うと、少しカバンが嵩張ったとしても、気にすることはなかった。
――さっき感じたオフィスで感じる時間と似たようなものだ――
 と思うと、一旦考えることを中断しても、結局一つの考えに立ち返ってしまうことになるようだ。それは一本の線で結ばれているからだとも思うが、それよりも、堂々巡りを繰り返していることで、見えなかったまわりが見えてくるのではないかという考えに繋がっていくことになると感じていた。
 普段であれば、コンビニ弁当を買って、その場で温めてもらって、コンビニで食べる。家に帰ってからテレビを付けたとしても、見ているかどうか、その時の気分次第だった。テレビに集中しているつもりでも、違うことを考えていることが多い、ハッとして気が付けば、テレビをつけていたことすら忘れてしまって、その場で寝ていることも少なくなかった。
 もっとも、ここ数日は前述したように、シャワーを浴びて寝るだけだったが、気が付けば、テレビがついていることもあった。
 昔のように、
――画面が砂あらしになっていた――
 などということはない。今は深夜でも放送をやっている。そういう意味でも、昔の表現が、今や死語になっていることもほとんどである。
 注文したのはハンバーグセット。ハンバーグの横に突き出しで、サラダが乗っている。赤いトマトが印象的だが、さすがメニュー写真に比べて、相当に小さい。ハンバーグも一回り小さかったが、深夜なので、これくらいでちょうどいいと思い、嫌な顔をすることもなかった。
 露骨に写真と違えば、信義は嫌な顔をする。ウエイターもなるべく関わりたくないという思いから、なるべく目を合わさないようにしているが、それを見るとさらに追い打ちを掛けたように、さらに嫌な顔をする。本当は、さほど怒っていないのにである。
 あまり怒っていないつもりでも、嫌な顔をすると、怒っているつもりになってくる。
「失礼しました」
 と言いたげに、声に発することなく、ただ、頭を下げる人に対しては、それ以上何もしないが、あからさまに目線を逸らす人、さらには顔だけ背けて、目線はこちらに残っている。いかにも臆病な店員には、腹が立つ。
 またしても、睨みを利かせると、今度は逃げるように、帰っていく。
――早く帰ってくれないかな?
 と思っていることだろう。
 バックに下がった店員をさらに目で追う。距離が離れたことで安心するのか、幾分か冷静さを取り戻した店員は、客席に目を通しながら、それまでの業務に戻るのだった。
 ここまでくれば、信義の、
――店員いびり――
 も終了だ。別に店員をいびったことで、信義に利点があるわけでもない。しいて言えば、単なるストレス解消に過ぎないだけだ。店員にすればいい迷惑だが、信義には、そんな「遊び心」が、存在するのだった。
 それでもお腹は空いていた。最初の一口二口は、おいしかった。食べていくうちに口の中で味が慣れてきたのか、口よりも、先に腹が膨れてきた。やはり、ファミレスの味ということか、次第に食べるのも億劫になっていき、半分ほど食べて、その後は、ドリンクバーでコーヒーを飲むことにした。
 深夜に食事を摂る時は、満腹になるようなことはしない。特にそのまま起きている場合は、満腹になってしまうと、後はお腹がもたれてしまうのが分かっているからだ。きっと眠くなっても起きていようという意志が働くからではないかと思うのだが、それ以上にドリンクバーを使って飲むコーヒーが思ったよりもお腹に満腹感を誘うからなのかも知れない。
 食事に集中しているからなのか、まわりを気にしていなかったが、さっきよりも、学生の数はさらに減っていて、席を埋めている客も疎らになっていた。
 店に入ってから、まだ二十分ほどしか経っていないのに、まるで潮が引くように、学生たちは帰っていった。それは集団で来ていたことを意味していたのだが、帰っていくのを横目に見ながら、ホッとした気分になっていた自分を感じている。
 それよりも、最初は気付かなかったのだが、目の前のテーブルに、一人の女の子が座ってコーヒーを飲みながら、文庫本に目を落としていた。
 集中しているように見えていたが、チラチラと顔を上げて、信義の方を見ている。信義も最初から気付いていたわけではないので、気付いた時、少しビックリした。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次