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後ろに立つ者

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 女の子は、ショートカットで、少しボーイッシュな感じに見えるので、視線が合うと、睨まれているようにさえ思うほどの視線の鋭さを感じた。ボーイッシュな女の子には、活発な雰囲気が滲み出ているように思っていたが、彼女にも同じ雰囲気を感じるのだった。
 時々、笑顔になりそうなのだが、ハッキリとした笑顔ではない。それははにかんでいる雰囲気も感じさせるが、そのわりに視線を逸らすことがないのは、やはり信義を意識しているからであろうか。
 信義と、その女の子との距離は見つめ合うには、少し遠い感じだったが、相手にはちょうどよかったのかも知れない。信義の視線を意識したのか、次第に笑顔がリアルに感じられるようになった。
 ここまで来れば、信義も気が楽になったというか、気が大きくなってきたようだ。大胆になってくると、ついつい声を掛けてみたくなるものだ。
 今までにも何度か、こういうシチュエーションで女性に声を掛けたことはあったが、それもかなり昔のことだった。四十五歳という年齢になるまで結婚もしなかったのは、
「仕事が忙しくて、出会いがなかったから」
 という言い訳をしていたが、半分は本当で、半分は嘘である。
 仕事が忙しかったのも、出会いがなかったのも本当ではあるが、出会いがなかったのは、仕事が忙しかったからだという理由にはなっていない。出会おうと思えば出会えないことはなかったのだが、その機会を今から思えば、ことごとく逃してきただけなのだ。
 一つには、自分が女性に対して鈍感だったからなのかも知れない。相手が好感を持っていてくれているのに気付かなかったこともあったようで、今から思えばもったいなかった気がする。
 もう一つは、気付いていても、相手に声を掛けることができなかったということだ。そのどちらにも言えることは、自分に対して自信が持てなかったということだろう。最初はそれを、
――嫌われたらどうしよう――
 という気持ちになっていたのだと思っていたが、その先にある自分に自信がないということに気付かなかったのだ。
 それも年齢とともに分かってくるから面白いものだ。気が付けば、すでに中年を過ぎている。今さら女の子に声を掛けて、簡単に仲良くなることなどできるはずもないと思っていた。
――お金目当てだったら嫌だな――
 お金がもったいないという気持ちよりも、その時はよくても、
――後になって寂しい思いをするだけだ――
 と思うと、無性に虚しくなる自分を感じていた。
「仕事が忙しいから」
 という言い訳は、自分に自信が持てないことを隠そうとしているだけなのだが、聞いた人には、言い訳であることは一目瞭然だったに違いない。
 だが、その日はどうしたことだろう。信義は目の前にいる女の子が次第に気になり始めた。自分に自信のない時は、相手から見つめられても自分から視線を切っていたが、今日はそんなことがない。見つめられて微笑まれたら、自然と笑みを返すことができる。
――彼女もそれを待っているのだ――
 と、勝手な思いも、間違いではないと思えてくる。
 三十歳代の頃までは、出会いを期待して毎日を過ごしていたが、四十歳になると、あまり出会いを期待しないようになった。それは仕事が忙しいという理由とは関係ない。年齢的なものだったのだ。
 それでも、四十五歳になった最近は、また出会いを期待するようになってきた。それは三十代までの頃の期待とはまた少しイメージが違っている。三十歳代までの頃は、
――何とか、機会を逃さずにモノにしたい――
 という気持ちが先行していたが、今は、
――出会いがあれば、それに越したことはない――
 と、一歩下がった気分で出会いを期待するようになった。
 期待はしているが、願望が強いわけではない。それだけ余裕があるというべきなのだろうか。
 ただ、最近は妄想が強くなってきていることも感じる。
 しかも出会う相手は、まるで娘のような年齢の女の子であった。これは妄想以外の何物でもないだろう。
 気持ちに余裕が出てくると、妄想するというのもおかしなものだと思ったが、妄想が悪いことだとは、最近思わなくなってきた。年齢的にも充実してくる頃だと思われているかも知れないが、決してそうでもない。結婚していれば、家庭の問題がのしかかってくる。会社で仕事をしていて、この年齢になると、中間管理職という辛い立場になってきているのと、同じようなものではないかと思っている。
 家でも会社でも、まわりからの板挟みに遭うのは勘弁してほしいと思っているだけに、寂しさを代償に板挟みから逃れられるのは、悪いことではないと思っていた。
 だが、最近は寂しさの方が少し身に沁みてきた。気持ちの余裕とは別のところで寂しさを感じているのだろう。
――独身は気が楽でいい――
 と思っている反面の寂しさ。裏返しであることに違いはない。これからの人生、板挟みと寂しさの間を天秤に掛けながら、その時々の心境が変わっていくのではないかと思うと、――まだまだ若い時の気持ちを忘れてはいけないんだ――
 という思いになってこないといけないと感じていた。
 仕事が一段落した今日という日は、間違いなく充実感と安堵感に満ちていた。気持ちに余裕があるのも間違いない。
 ただ、その中で、寂しさがこみ上げてきているのも事実だ。それは最初から分かっていたことなのかも知れない。
――昨日までは、仕事が忙しくて、寂しさを感じる余裕なんかなかった――
 と思っていた。
 しかし、そんな中でも、
――仕事が一段落すれば、気持ちに余裕も出てくるはずだ。だが、それと同時に寂しさもこみ上げてくるんだろうな――
 という覚悟もしていた。だから、今日は仕事が終わって、いつもの一人の部屋に帰ることを拒んだのだ。
 いつもの一人の部屋は、その日の仕事が終わって、翌日の仕事への活力を見出すための部屋だという感覚がある。そのため、帰ってから、翌日は落ち着いて仕事ができることで何か違う心境になるのを嫌った。要するに拍子抜けした状態で、いつもの部屋にいることになるからだった。
 今まではそれでもよかった。特に三十歳くらいまでは問題なかったのだが、四十歳を超えると、毎日の張りのある生活から、一段落して急に落ち着いた気分になった時の気持ちの切り替えがうまく行かなくなってきたことに気付いていた。
 それは、中間管理職としての悲哀もあるのかも知れないが、しばらくの間、出会いを期待しなくなった普段の自分が、毎日の生活に張りを感じなくなったことへの思いもあったに違いない。だから、仕事が一段落すると、まっすぐ自分の部屋に帰りたくないという思いに駆られるようになったのだ。
 一人でカラオケに入ったこともあった。朝までカラオケを歌い続けたのだが、翌日の仕事にモロに影響したことで、さすがに次回からはできないと思った。
――やっぱり年齢には勝てないか――
 という同じ理由で、深夜スナックも考えどころだった。
 元々、あまりアルコールは強くない方だ。スナックで飲んで、ビジネスホテルに泊まったこともあったが、元々広くないシングルのビジネスホテルの部屋が、さらに狭く感じられ、圧迫感から、なぜか、寂しさがこみ上げてきた。
作品名:後ろに立つ者 作家名:森本晃次