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田舎道のサナトリウム

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 ドキドキしているのは自分だけだということをいまさらながらに思い知らされ、ちょっと恥ずかしい気持ちになった。それでも、研究室を出ると、このまま帰宅するわけではないという気持ちは高ぶりに変わった。正面から差してくる日差しの眩しさが、この日は億劫ではなかった。大学の外に出ると、朝出勤したという感覚がなく、まるで休みの日のような錯覚を覚えるのだった。
「白石さん。宿の方は予約しておきましたので、温泉楽しんできてくださいね」
 と、庶務の女性がそう言って、一緒に出張費も渡してくれた。いつもは団体での出張なので、自分が直接受け取ることもなかった。これも新鮮な気がしたのだ。
 駅まで行って、目的地までの切符を購入する。時刻表を前もって見ていたので、電車に乗ってどれくらいで到着するのかは事前に調査済みだった。現在の時間が十時半であったが、当直は三時頃になる。終着駅と言ってもローカル線である。駅を降りてから、食事できるところがあるという保障はない。近くのコンビニで弁当を買って、電車に乗ることにした。
 途中までは特急を使っていくことになる。十二時までには着くのだが、それから乗り換えに十五分しかない。食事を摂っている時間はないと判断したのだ。
 特急列車は、定刻の十二時に到着し、ローカル線のホームまで行くと、ちょうど電車がホームに滑り込んでくるところだった。さすがに発車まで十五分もあると、ホームに待っている人はそれほどいなかった。待っている人の半分は学生で、それ以外の人はどうしても田舎臭く見えたのは偏見に違いなかった。
 ホームで待っている学生も素朴な感じがするといえば聞こえがいいが、どうしても田舎臭く感じる。そのくせどこか懐かしく感じるのはどうしてだろう?
 白石は、田舎で暮らしたことはなかった。子供の頃から父親の転勤の影響で、いろいろなところへ引っ越したが、田舎というイメージのところはなかった。
 父親は大企業の営業マン。支店も全国の県庁所在地を中心に主要都市にしかなかった。そのため、田舎には今まで縁がなかった。それだけに新鮮だと思ったが、懐かしさを感じるとは思ってもみなかった。
 新鮮さは不安を連れてくるものだと思っていた。田舎へのイメージは、
――自分が想像しているよりもかなりひどいのが現実だ――
 と考えていたが、実際に見たことがないので何とも言えなかった。
 もちろん、テレビでのドキュメンタリー番組だったりドラマなどで見ることはあるが、イメージだけで、実際に感じることができなければ、それは架空でしかないのだ。
「俺は、実際に自分で見て聞いて触ったものでなければ信じない」
 と言っていたやつがいたが、まさしくその通りだと思った。
 その時の言葉が頭から離れず、
――想像はあくまで想像でしかない――
 ということを裏付ける十分に説得力のあるものだった。
 列車に乗り込むと、昔懐かしい列車に垂直なクロスシートの座席だった。車窓を挟んで対面式のシートで、しかも、背もたれは垂直である。
――今頃こんな列車が走っているなんて――
 と感じたが、
――ディーゼルでないだけ、まだマシかも知れないな――
 と感じた。
 この路線は当然のことながら単線で、行き違い列車の待ち合わせを行う駅がいくつもある。これも当然のことだが、どちらかが遅延すると、行き違い列車の方も遅延することになり、どんどん遅れていき、ダイヤはめちゃくちゃになりかねないという危険を孕んでいた。
 しかし、実際にはローカル線で、それほど遅延したという話は聞いたことがない。それだけ列車の絶対本数が少ないのだ。朝晩は一時間に三本くらいで、昼間の時間帯は、一時間に一本あるかないかであった。
 だから白石もその日、それほど遅延することもなく定時の三時頃には着けるだろうと思っていたが、その日に限って、その予想は見事にはずれてしまったのだ。
 列車は定刻に発車した。
 ホームに滑り込んできた時、ほとんど乗客がいなかったのは、まだ発車までに時間があったからというわけではなく、実際に乗る人の姿もまばらだった。滑り込んできた車両は一両編成で、駅から発車した列車に乗り込んだ人は、全部で五人だけだったのだ。
 それも残りの四人は学生で、皆仲間のようだった。対面式のクロスシートを占領していたが、それ以外の座席は、白石が一人で占領しているだけだったのだ。
 その中の学生の一人をよく見ると、
――どこかで見たことがあるような気がするな――
 と感じた。
 学生は男二人と女二人で、仲良しグループというよりも、
――二組のカップル――
 という雰囲気に見えて仕方がなかった。
 白石が気になったのは、窓際に座っている女の子で、彼女に見覚えがあったのだ。
――どこで見たんだろう?
 学生時代を思い出してみたが、そんなに気になる女の子がいたという意識はない。
 白石は女の子に対して免疫があるわけではない。自分から話しかけることができるタイプではないし、相手に話しかけられても、話を続けられるほど話題性に富んでいるわけでもない。
 話題性がないというのは言い訳にすぎない。話しかけられるとドキドキしてしまって、何を話していいのか分からなくなり、パニックになってしまうだろう。呼吸困難になってしまうことも考えられた。そんな時、
「大丈夫?」
 と言って心配そうにこちらを覗きこんでくる女の子の顔はいつもシルエットだった。
 しかし、そのシルエットに、次第に半月状の白く浮き上がっているものが見える。最初はそれが何なのか分からなかったが、すぐにそれがニヤッと微笑んでいる口であることに気付くと、さらに過呼吸となり、意識が薄れてくるのを感じることだろう。
 完全に意識を失ってしまうまでには少し時間が掛かった。その間に白石は薄れ行く意識の中でいろいろなことを考えているようだ。
――考えていれば少しでも長く意識を保たせることができる――
 という思いがあるようなのだが、なぜ意識を田と足せなければいけないのか、自分でも不思議だった。
――このまま何も考えずに気を失ってしまった方が楽に決まっているのに――
 という意識は持っていた。
 後から考えても、同じことを考えるに違いない。むしろ白石の性格なら、百パーセント何も考えずに気を失う方を選ぶに違いなかった。
 それなのに、どうして意識を保たせようとしたのか、そのことを考えていた。しかし、考えれば考えるほど堂々巡りを繰り返し、また同じところに発想が戻ってくる。そしてまた一周、また一周と繰り返すうちに、抜けられない運動を描いてしまっているかのように思えた。
――だから、俺には彼女ができないんだ――
 彼女がほしいという思いは、他の人に負けないほど持っているつもりだった。
――デートもしたい、甘い言葉の中でくすぐったい思いを抱きながら、架空の時間の中で戯れていたい――
 それを「妄想」というのだということは分かっている。妄想を抱くことをあまりよく言わない人もいるが、白石には、
――妄想こそ、果てしない発想に繋がるものだ――
 と感じていた。
作品名:田舎道のサナトリウム 作家名:森本晃次