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切り通しの坂

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明くる日の午後のことだった。駐在所で片付けごとをしていた時に現れたのは幼稚園帰りの女の子だった。
母親に連れられてやってきた。
「幼稚園のバスを降りたところに落ちていたの」
小さな手を開くと小さなメモリーカードが乗っていた。
「観光の人が落としていったんじゃないかしら」母親がそういうと女の子は頷いた。
取得物ですね、と事務的に書類を整えてゆくと、最後に「ありがとう」と声をかける。
母親に連れられて女の子は帰っていった。

さて。
拾得物については厳重に保管すべく、本署の遺失物取扱課に送るため専用の袋に入れる・・
いや、その前に・・。
内容を確認すれば持ち主が特定できるかもしれない。
その確認は職務ではない。下手をすれば個人情報保護法に違反してしまうかもしれない。
拾った場所から・・ひょっとしたら昨日の事故車のドライブレコーダーから脱落したものかもしれない。
となれば、事故の原因が究明できるかもしれない。
少しの間、悩んだ末。意外にあっさりと好奇心が勝ってしまった。
引き出しからタブレットを取り出し電源を入れた。
メモリーカードを挿入し、ファイルマネージャーを立ち上げると、このメモリーカードが正常に機能することがわかり、幾つかのファイルが存在しているのがわかった。手慣れた調子でタップしていくと、動画ファイルに辿り着く。
動画プレイヤーが立ち上がり、動画が始まる。
一般的な1280x720のハイビジョンタイプの画面枠とフレームレートは30fpsが自動的に選択される。
車の運転席から前を見た画面が映し出された。
国道246号線だろうか横浜北部の江田の地名が書かれた表示板が過ぎ去ってゆく。
観たところ例の車のドライヴレコーダーのもののようだった。
確認のためファイルの最後まで飛ばしてみると、画面には崖に突っ込んだような画面だった。
間違いない、あの車のものだ!
なにか探し求めていた宝物を探し当てたような高揚感が全身に走った。
カーソルを戻して事故の前に戻す。
「・・・ホントにこっちの道であってるの?」
「間違いないって」
同乗者の男女の会話が聞こえる。
竹林に差し掛かり道が急に狭くなり、明るかった画面が急に暗くなる。
「・・昼間なのに真っ暗!」
なるほど確かにあの辺りは昼間でも暗い。
「だろ、雰囲気あるだろ、心霊スポットっぽいだろ!」
なんとも不謹慎な輩だ。
大きな岩が見え、いよいよ切り通しに差し掛かる。
樹々の間から陽光が差し込み、数秒幻想的な景色が広がる。
「うわぁ、すごい!」
最後の3秒
一瞬、画面が真っ白になるほどの陽光が差し込み、次に男女のまさに断末魔の叫びがスピーカーの音を割った。
衝撃音が続き、ぐにゃりと曲がったガードレールが前方に落ちてゆく。
暗転・・そこで動画ファイルは終わった。
なにか見入ってしまったため、溜息をついた。
これが人の最後の場面なのか、と感慨深げに思い込むも、その原因はカーヴにかかる箇所の木洩れ日が運転者の視界を妨げてしまうため、であることが分かった。
誰もがこの動画を見れば、そう認めるに違いない。

数回、最後の3秒を繰り返してみると、強い木洩れ日が当たるのが切り通し裏のあの家の辺りである事に気が付いて、妙な胸騒ぎを覚えて。フレームレートは30fpsということは最後の3秒は凡そ90枚の静止画像で構成されると考えれば。妙なことを思いついたもので。
再生スピードを遅くしてみる。
木洩れ日が差し込み画面がいっぱいに広がり真っ白になる瞬間の画像を繰り返してみる。
光の帯とレンズフレアが幾重にも重なり、確かにこれがいきなり視界に飛び込めば、かなり危険だ_。
そして次に蔭に入り眩い光が収束してゆく瞬間_。
蔭が徐々に大きくなり暗転する手前のほんの30分の数秒_。
更に暗い場所にくっきりとまるで車の中を覗き込むように見ている黒い老婆の影が現れた!
そして口を開けて・・・
PAUSEボタンを押して止めた。
駐在さんは必ずしも霊感のあるとはいわれたことがない男だ。
寧ろ自分でも無い方の部類に入る人間と思っていた。
だが、いまタブレットの画面に映っているものは、まさに心霊的なそれには違いなく。
体中が怖気から冷たい汗が噴き出すのを感じた。
なんなんだよ、コレ!
だが声にならず、体も固まって動かない。
PAUSEボタンで停めたはずの画面の黒い老婆の口がゆっくりと動いている。
え?!
なんどもなんども、ゆっくりと動いている。
車の車内を覗き込んでいるのではない!
このタブレットの前の・・・私を覗き込んでいるのだ・・・!
しかも老婆の影は何かを伝えようとしている!
やめてくれ!
読唇術などわからない。だが老婆の影が、その口でなにを伝えているのかが
・・・わかりたくない!だが不思議とわかってしまう・・


“こっちにおいで”


あぁ、なんということだ!
老婆の声が聞こえてしまった!
この老婆は、あの切り通しの岩の向こうの家の媼なのか・・
“わらわはまだ待っている”
私の疑問に応えたというのか_!?
“わらわは千年ものあいだ待ち続けておる“
老婆の口元が嘲り笑ったような邪悪な微笑みを見せると
更によこしまな、それでいて物欲しそうな充血した視線を合わせてくる。
その視線から伝わる凄まじいまでの情念は、時間や空間を超越した恐ろしく巨大な力を感じさせ圧倒されてしまう。
“はよ、こちらへ“
次の瞬間、真っ黒な老婆の手が液晶画面から飛び出して、駐在さんの腕を掴むと
まさかこんなことがと信じられないままの心の中で、届けてくれた女の子にはかかわらなかったことだけはマシと納得しようとした、いやなんでこんなものを届けてくれたんだ!あぁ様々な思いが交差する中で
物凄い力でタブレットの中に引きずりこまれてしまった。

翌朝、駐在さんの行方が分からず本署の警察官が捜索したが、やがて数名の警察官の行方も分からなくなり数日後突如県警本部は駐在所を閉鎖した。



作品名:切り通しの坂 作家名:平岩隆