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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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当たり屋ジジイ

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「どうされましたか?」
救急隊員の質問にジジイは、
「あの車にはねられて、腰を痛めたんじゃ。」
「歩いても大丈夫?」
「ああ。」
「救急車に乗りましょうか。」 
ジジイは何も言わず、救急車の後部ハッチまで歩いて行った。
 私も自分のバンのハッチバックドアを開けて、雨除けの屋根にして、女房を入れてやった。
「ドライブレコーダー付いてないの?」
電話をかけてくれた住人が聞いた。
「付けてないんですよ。」
「ああ、あんな車には付けとかないと・・・」
確かにそうだが、今までそれほど必要性を感じたことがなかった。
「こちらはケガありませんか?」
もう一人の救急隊員が、近寄って来た。
「ケガどころか事故すら起こってません。」
女房がはっきりと言い切った。
「は?」
救急隊員はポカンとした顔になった。

 私はこのタイミングで会社に電話を入れた。
「もしもし、嶋君? ちょっと通勤途中に事故に巻き込まれて・・・」
「事故じゃないって。」
と、横で女房がぼやいている。
「・・・それで朝礼には間に合わないから。俺の方は全く大丈夫だけど。それと、このバン今日使うよね。昼からでも大丈夫?・・・あ、そう。悪いね。じゃ、朝礼を頼むよ。」
 この間、『つまらんことに巻き込まれたね。』と言うようなことを住人が小声で女房に話していた。
 そこに小型バイクに乗るお巡りさんが到着した。私と女房は少し不安と言うか、何か物足りなさを感じた。側にいた家の住人も同じ心境だったみたいだ。その男性は、
「もっと大勢で来ないと。」
と笑いながら言った。
 お巡りさんは、もたもたとバイクを停めて、救急車の方に歩いて行った。暫くそこで、こちらを見ながら2〜3の質問をして、傍らに避けられた自転車を見た後、こっちに歩いて来た。
「あの車の運転手さんは?」
女房は無言で右の手の平を上げた。
「ぶつかった?」
「ぶつかってない。」
ちょっと疲れたような声で彼女は答えた。
「110番されたのは、どなた?」
「はい、わしです。」
 この時、私も女房もこの男性が、事故は無かったと証言してくれることを期待していたが、
「ぶつかったかどうかは知らないけど、家の前で大声で言い合いされとったから110番したんですわ。」
そりゃそうだ。こんなトラブルに巻き込まれたくないよな。中立な証言をするのは当然だ。それを聞いてお巡りさんは、
「あのおじいさん、ケガがひどいようだけど。事故見た人はいませんか? あなたは?」
お巡りさんは、私を見て聞いた。
「私は、彼女の夫です。電話で聞いて駆け付けただけです。」
「他には誰も見てませんでした?」
と、女房に聞いた。
「見るも何も、事故になってないです。あの人が目の前で勝手にこけて、言いがかり付けて来ただけですから。」
「じゃ、こけたとこ見た人もいない?」
「その瞬間は他の車も走ってたんで、目撃した人もいると思いますけど、みんな素通りしたし。」
「ぶつかる音とか聞こえませんでした?」
もう一度、家の住人に問いかけたが、その男性は首を横に振った。
 その後、救急車は発車し、お巡りさんは事の成り行きを聞きながら、ノートにメモを取っていた。後は一人でも大丈夫そうだったので、女房に任せて、私は会社に向かうことにした。もう雨も止んでいた。

 私は昼休みに女房に電話をかけたが、彼女は出なかった。小学校の昼休みは、給食を食べている間も、子供の面倒を見ているのだというから、いつも携帯電話はカバンに置いているらしい。警察の現場検証はどのように行われたのだろうか、少し気になっていた。

『しまった! 忘れてた。』
 その日の夕方、休憩室でコーヒーを飲んでいる時に、今朝、スマホのバッテリーが切れかかっていたことを思い出した。ポケットからそれを取り出すと既に電源は落ちていた。私は急いで事務所に戻り、PCに挿しっぱなしの無線LANのアンテナのケーブルを抜いて、スマホに挿した。そのケーブルは私のスマホの充電ケーブルと同じ挿し口なので、いつもこれで充電している。
 すぐには電源が入らなかったが、5分ほど放置すると、電源が入るようになった。その瞬間スマホが3回ブーンと唸った。確認すると、着信履歴が3回あった。ひとつは女房からだ。後二つは同じで見知らぬ番号だった。まずはその番号にかけてみた。
「はい。城東警察早田町派出所です。」
「(あ、警察か。)すみません。木田といいますが、何度もお電話いただいていたようで。」
「ああ、すみません。今朝の事故で被害者のご家族が、お会いしてお話ししたいそうで、ご連絡差し上げたのですが・・・・」

 内容はこうだ、ジジイの家族が納得いかず、話し合いたいと言うことで、警察は女房に連絡を取ったが、電話には出ず(まあ、私の電話にも出られないようだから仕方ないがな。)、警察は仕方なく、夫である私に連絡したが、バッテリー切れで繋がらず。その旨をジジイの家族に伝えたところ、先方は激怒して強制出頭させろとか、逮捕しろとまで言っているらしい。その後、何とか女房に連絡がついて、今日の19時に本署の方で示談の席を持つことになったと言うことだ。
 また面倒な話だが、仕方ないかと女房に電話すると、彼女も怒っていた。
「まあ、そんなに怒らないで、話がややこしい方向に行ったら、保険会社の弁護士に任せよう。」
「でも、事故にもなってないのに、保険会社が対応してくれるかしら。」
「事故になって無いのが証明できれば、その方がいいじゃない。」
「でも、警察がそんなこと言ってくれるはずないし。」
「今朝、現場検証されたんだろ? 車にも傷ひとつないし、自転車も壊れず無傷だったのを確認してもらったろ?」
「自転車も写真撮ってらしたわ。」
「じゃ、客観的に見てもぶつかってないじゃない。問題ないよ。」
「でも、今晩何言ってくるのか、腹立つ。」
「怒っちゃダメだよ。ジジイの家族が来るだろうから、困った爺さんだねと言う雰囲気で臨もう。」

作品名:当たり屋ジジイ 作家名:亨利(ヘンリー)