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④銀の女王と金の太陽、星の空

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第十四章 裏切り


重い金属の音がし、空気が動く。

「ただいま~。」

艶やかな低音の愛しい声がする。

私の私室に入りながら、空は袈裟懸けにしている忍刀をおろした。

そして寝室の枕元に、忍刀二本と腰のベルトを武器ごと置きに行く。

空は、新第2王子として民へのお披露目も済ませ、正式に王族として認められた。

第2王子となった空は、城内に王族の部屋をもらえたのだけれど、そちらへは戻らず毎日私の私室に帰ってくる。

空が帰ってくるだけで、心の中に愛しさが広がり、幸福感で満たされる。

「おかえり、空。…麦茶飲む?」

私が立ち上がると、空は寝室から出てきた。

「ん。」

マスクも外し、騎士の上着も脱いだ空は柔らかい表現で頷きながらソファーへ腰かける。

私が作っておいた麦茶を手渡すと、それを一気に飲み干して、大きなため息をついた。

「おつかれさま。」

コップを受け取りながら微笑むと、空が私の腰を抱き寄せた。

膝の上に座らされる形になった私は、空を見下ろして瞳を合わせた後、瞼を閉じる。

すると、柔らかい唇が啄むように私の唇を食む。

これが毎日の、私たちの『ただいまの挨拶』だった。

そこへ、女官たちが室内へ入る気配がしたので慌てて離れる。

私がコップを置きに台所へ向かうのと入れ替わるように、女官たちが食事を運んできた。

「おかえりなさいませ、空様。」

食事は、空が里で食べ慣れたものをそのまま用意してもらっている。

空は嬉しそうにテーブルへつくと、女官へ柔らかく微笑む。

女官たちの前では、声を出すことができない。

私が目で合図すると、女官たちは部屋を出ていった。

「いただきます。」

二人で手と声を合わせて、食事を始めた。

「今日は、星一族が騎士達の鍛練指導に来てくれたんでしょ?」

「ん。」

「少しはうちの騎士達、成長した?」

「ん~、どうかな。」

「今日、銀河の視察の護衛もしたんでしょ?」

「ん。」

「どうだった?」

「ん~…まぁまぁ。」

相変わらず口数が少ないし適当に返される時も多いけれど、空の表情も声色も柔らかく、私を見つめて返事をくれるので、それが嬉しくて仕方なかった。

「空。」

私が呼ぶと、空は切れ長の瞳を三日月にして首を傾げる。

「私、空が帰ってきてくれて、こうやって過ごせる毎日が、幸せでたまらないんだ。」

私が素直な気持ちを口にすると、空はこの世のものとは思えないほど美しく、艶やかに微笑んだ。

「ん。」

たった一言だったけれど、『俺も』と聞こえた気がした。

食事が終わると、二人でお風呂に入る。

「空…この傷…訊いてもいい?」

左肩に残る大きくて深い傷跡は、古そうだったけれどきれいな肌にくっきりと刻まれている。

いつも気になっていたけれど、あまりにも酷い傷痕に、訊けずにいた。

「昔、任務に失敗して死にかけた。」

さらりと軽い口調で空は言ったけれど、私は背筋がぞくりとした。

(そうだ。空の仕事は、『帰ってくるのが当たり前』ではないのよね。)

王子になった今は、頭領の座を退いたので里の任務をしなくなったけれど、護衛は日常の仕事なのでいつ何が起きてもおかしくないのだ。

私が背中を流す手を止めてうつむいていることに気がついた空は、私をゆっくりとふり返ると優しく抱きしめた。

「もう、そんなヘマしないよ。」

そのまま深く口づけられ、幸せで満たされたけれど不安は消えなかった。

空はそんな私の心の影に気づいたようで、小さく笑うと私を抱き上げて、浴室を出る。

空にタオルでくるまれて抱き上げられたまま、寝室へ入った。

ベッドにおろされた私は、空にガシガシと頭を乱暴に拭かれ、思わず笑ってしまう。

「やめて、空!」

すると空は悪戯な笑顔を浮かべて手を止めると、ドライヤーで私の頭を乾かし始めた。

その手つきは、先程とはうってかわって優しい。

私はそんな空の体をタオルで拭きながら、腰に腕を回した。

空のお腹に頬をくっつけると、空が私の隣に腰かけた。

「ん?」

優しく微笑まれ、私は泣きそうになった。

空を見つめると、その左の耳朶に小さな黒水晶のピアスが見えた。

私は唇を寄せると、そっと耳朶ごとピアスを食む。

「好きだね、そこ。」

空も私の首筋に口づけながら、耳元で囁く。

「それ、産まれたときに母さんがつけてくれたんだ。」

今まで何度も耳朶のピアスを食んできたけれど、初めて聞く事実だった。

「だから、愛おしいんだ。…溢れる愛を感じるもの。」

舌でピアスの部分を転がしながら言うと、空にぎゅっと抱きしめられた。

私もその体を抱きしめ返すと、体を離して空の黒水晶の瞳をまっすぐに見つめる。

「空が、毎日帰ってきてくれるだけで、私は幸せなの。」

空はそんな私の額に頬を寄せ、肩を抱き寄せた。

「ん。」

私は空の肩にしがみつくように手を伸ばす。

「空が帰ってきてくれないと、もう生きていけない。」

すると空が、喉の奥で笑った。

「聖華は、女王様でしょ。」

言いながら、私の頬を両手で包み込む。

「ひとりの女になったら、ダメだよ。」

(…え?)

一瞬で、心が凍りついた。

「俺と二人の時は、ひとりの女だけど、俺がいない時は、一国の王でいてよ。」

そして、額をこつんと当てられる。

「じゃないと、誰かに奪われそうで不安。仕事に行けなくなるからさ。」

(…あ…。)

ようやく空の言葉の意味を理解した。

すると、凍っていた心の中に、激流のように空の愛情が流れ込み、一気に幸福感と安心感で満たされる。

なぜか頬に一筋、涙が伝う。

そんな私に空は唇を寄せると、貪るように口づけてきた。

いきなり荒々しく口づけられ、私はその首にしがみつき、必死でそれに応えようとする。

そのままベッドに押し倒されると、くるまれていたタオルをめくられる。

露になった肌を、空のその大きな手でまさぐられながら、私は口づけを交わした。

そのいつになく余裕のない様子に、私は言い知れぬ不安を感じた。

けれど、いつしか身体中をかけめぐる快感に考えることができなくなる。

「空…。」

言葉にならない声をなんとか集めて、名前を呼んだ。

「…ん?」

荒い呼吸をしながら、空が答えてくれる。

「必ず…帰ってく…って…」

(約束して。)

「…!!」

最後まで、言わせてもらえなかった。

空に口づけで言葉を飲み込まれ、そのまま口づけられながら空の熱い想いに貫かれた。

激しい律動と共に押し寄せる荒波のような快感で、私は意識を保つだけで精一杯になる。

お互いの喘ぐ声と荒い呼吸が混ざり合い、快感が上り詰めた瞬間、息を詰めた空に注がれた愛情と共に私は声をあげながら意識を失った。

「守れない約束は、しない。ごめんな。」

夢か現かわからないけれど、愛しい低い声で囁かれた気がした。

この日は、いつも以上に空に激しく求められ、意識が戻る度に何度も何度も愛された。

そして、空の刻印を身体中に刻まれ愛情を注がれる。

ただただ愛される幸せに酔っていた私は、この時の空の微妙な異変に気づくことができなかった。