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レイジア大陸英雄譚序幕

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 そしてトキヤの近くにある一つの村が襲われそうになった時、住人を逃がすため複数人の男達が立ち上がった。その中にスズカ・リョウジもいたのだ。
 余りにも無謀過ぎる戦い。男達も住人も全滅するのが定めであるかのように思われた。
 しかし、スズカ・リョウジは一番若かったにも関わらず仲間達が次々と脱落し後退を余儀なくされる中、単騎で戦い続けた。そして、村を襲った集団を全滅させた……と言われている。
 「そう。それは事実だよ。だけど、一方向からしか語られてない。言わんとする事、分かるかい?」
 「村の人達、ですか?」
 女性は頷く。
 「確かにリョウジの奴は大集団を引き受けて、全滅させた。けど、村の住人はトキヤに避難する途中で別の小集団に襲われてね。腕の立つ奴等は大体がリョウジのとこに行っちまったから……誰かが犠牲になってでも魔物を引き止めて行くしかなかった」
 一般人が魔物の戦乱に巻き込まれた状況では珍しい話ではない。それどころか、女性が生きているということは全滅は避けられたと言う事であり、まだマシな方と言えるかもしれない。
 「ただ己の武に酔い、危惧されていた脅威を軽視し、守るべきものを守れなかった……それのどこに英雄たる資格があるのか、って話さね」
 「でも……」
 ツバサはリョウジの様子を思い出す。あの行き場のない怒りは、自分に向けられていたような。女性も頷く。
 「アイツにもアイツの言い分があるのは知ってるよ。それにね、今でもアイツの事を恨んでる奴もいるみたいだが、私は少し後悔してない訳じゃないんだよ」
 「……」
 「トキヤに生きて帰ってきた男達を見て、私含め生き残った奴等は随分と酷い言葉を投げ続けたからね」
 女性の言葉は少し苦々しげなものになる。当時投げつけた言葉を思い出しているのだろうか。
 「リョウジ以外の男達は傷が治るなり早々にトキヤを離れてどこぞへ行っちまったが、リョウジはなまじ強かっただけに当時の情勢的からトキヤを離れることを許されなくてね。結局トキヤに襲撃が来る前に情勢は安定し、奴は名誉を回復することもできず、さりとて悪人にもなれず。アタシらが願ってしまった通り、ああして腐っちまった。だから、アイツには英雄なんて言葉はタブーなのさ」
 ツバサは少し沈黙する。そして、頭を下げた。
 「……貴重なお話、ありがとうございました」
 「いいっていいって。もう昔の話さ」
 そう言って女性が立ち上がろうとした時。鐘の音が高く鋭く響き渡った。
 最初の一回はおずおずと鳴らされ、続く鐘は躊躇をかなぐり捨てた、焦燥感が音に乗って伝わってくるような鐘だった。
 「警鐘!?」
 「一体何が……」
 ツバサと女性は急いで表へ出る。あちこちで非番だった衛兵達が装備を着用しながら飛び出していき、冒険者たちはツバサ達同様表に出て状況を把握しようとし、住民たちは右往左往していた。
 そして鐘は鳴り止まない。緊急事態である事は明らかだった。
 何が起こったのかは、通りを駆け抜けながら事態を知らせる衛兵達によって直ぐにわかった。
 「敵襲! 敵襲!! 魔物の集団がこちらへ向かっている!」
 「戦えぬ者は避難所へ! 急げ!!」
 その言葉を聞いた衛兵達はそれぞれ行動を取り始める。避難誘導を始めるもの、その情報を「後方」へ伝えるために同じように叫びながら走り出すもの、「前方」へ向かっていくもの。
 冒険者たちも様々で、近くの衛兵を捕まえて戦列に加えるよう要求するもの、住民と一緒に避難するもの……バラバラだった。
 「アタシ達も避難すべきだね」
 女性はそう言って駆け出そうとするが、ツバサは立ち止まったままだ。訝しげに振り返った女性にツバサははっきりとした意志を瞳に宿し、告げた。
 「あの人が……リョウジさんの力がきっと必要です。呼んできます」
 女性は複雑そうな顔でツバサを見た後……しかし、狂人から目をそらすが如く、何も言わずにそのまま逃げ去っていく。
 ツバサはリョウジを探すべく、走り出した。
 
 
 ツバサはある酒場の戸を開ける。そこにはカウンター席に座り、ぼーっとした様子で食事を取っているリョウジの姿があった。店内には他に誰もいない。
 走り続けで息を切らしていたツバサは、息を整えながらリョウジの近くに歩み寄る。心ここにあらず、と言った様子で飲み物を口に運ぶリョウジの傍に立ったツバサは、大声を張り上げた。
 「リョウジさん!」
 「うわっ!」
 滑り落としかけた飲み物を何とか直前で阻止し、リョウジは胸を撫で下ろす。そして、傍に居る少女を睨めつけた。
 「何だ、いきなり」
 「何だ、じゃありませんよ。貴方は一体何をしてるんですか」
 「見てわかんねえか。食事だよ、食事」
 「こんな時にですか?」
 「あ? 食事時に食事して、何が悪いってんだ」
 そう言い、リョウジは飲み物を飲もうとし……ふと気づいた様子になる。
 「あれ、誰も居ねえな。不用心なこった」
 ツバサは呆れ返りかけ……ふとある可能性に思い当たる。もしかして。
 「リョウジさん、街が今どういう状況にあるか、理解してます?」
 「どういう状況って何だよ。至って普通だろうが」
 笑えない冗談を言っているようには見えない、今が平常時であると疑っていない、つまり。
 (本気で今何も異常が無いと思ってるんだ)
 馬鹿なのか、他に理由があるのかは判らない。だが、ツバサは一つ希望を抱いた。この男はわざとここに居座っている訳ではないのだろう、と。
 「今、街はパニック状態です。このトキヤの街に魔物が攻め込んできています」
 「魔物が!?」
 リョウジは腰を浮かしかける。しかし、思い直したようにまた椅子に座った。
 「そうか。だが、俺にゃ関係ない話だ」
 「リョウジさん!」
 ツバサは大声を張る。しかし、リョウジの腐ったような態度は変わらない。
 「衛兵隊ややる気のある冒険者が何とかするだろうし、それで何とかならなかったら俺一人居たところで変わらん」
 「いいえ、リョウジさんがいれば……」
 ツバサの言葉をリョウジは手を振って遮った。
 「無駄だ、無駄。剣装が使えなくなった俺に、生身の人間以上の力はねえよ」
 「!?」
 ツバサが黙り込む。その反応を見て、リョウジは嘲るように笑った。
 「でもなきゃ、魔物の大軍勢どうにかしたやつがこんな前線でも無いところでくすぶってるわきゃねえだろ」
 「偶然ということも……!」
 「冒険者ギルドからお偉いさん呼んでまで調査してもらったが、結果はてんで駄目だった」
 リョウジは再び飲み物を煽る。そして、ツバサを追い払うように手を振った。
 「どっか行っちまえ、ミーハーな嬢ちゃん。今なら避難所もまだ開いてるだろ」
 ツバサは身体をワナワナと震わせる。しかし罵倒の一つも言わず、ただ足音荒々しく酒場を出ていった。
 酒場にリョウジのみが残された。食事を摂るリョウジの心中に、先程の少女の姿が一瞬ちらつく。だが、それはかつてリョウジを英雄と持て囃した、時系列もバラバラな有象無象の中に没して消えた。