小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

The Zone

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 そしてプレシーズンゲーム、日本のプロ野球で言うオープン戦が始まった。
 先発はコワルスキー、つまり彼がチ-ムの正キッカーであることを示している。
 しかし、プレシーズンゲームは主力の調整の場であると同時に、若手新戦力のテストの場でもある、とりわけコワルスキーのような大ベテランなら顔見世程度の出場に留まるのが普通、飛鳥にも数多く出場機会が廻って来た。
 目を見張らせるほどの難しいキックの機会はなかったものの、持ち前の正確性でそつなくゴールを決めて行く飛鳥、それは首脳陣にも充分なアピールとなったようだ。

 選手登録、こちらではロースターと呼ぶが、飛鳥はプラクティス・スカッド、いわゆる練習生としてバンデッツと契約を結び、支配下選手名簿に名を連ねることが出来た。
 通常、控キッカーがプラクティス・スカッドにでも残るのは異例のこと、正キッカーがケガなどで戦列を離れざるを得なくなった時に急遽テストが行われて、契約を結ぶのが普通である。
 それだけ飛鳥を買っていると言う証でもあるが、昨シーズン、やや精彩を欠いたコワルスキーに対して『うかうかしていると正キッカーの座も安泰と言うわけではないぞ』というプレッシャーを与える意味合いも込められている。

 だが、なにはともあれ、飛鳥は日本人として初めてNFLと契約を交わしたのだ。


 開幕前、評論家達によるバンデッツの評価は高かった。
 バンデッツが所属するAFC西地区には、昨年度の全米チャンピオンであるデンバー・ロッキーズ、シーズン終盤10連勝を挙げてブロンコスを脅かしたカンサスシティ・アローヘッズが所属している、にもかかわらず、バンデッツがプレイオフまで進出するだろうと予想する評論家は多かったのだ。

 バンデッツは序盤こそ守備面で少しもたつきを見せたものの、接戦をものにして行くうちに次第に調子を上げ、ロッキーズ、アローヘッズと三つ巴の優勝争いを演じた。
 そんな中、コワルスキーは絶好調、自身の記録に迫る60ヤード級のフィールドゴールを何本も決めただけでなく、50ヤード級までのフィールドゴールは全て成功させ、飛鳥はひたすら出場機会が巡ってくるのを待ちつつ、練習に汗を流す日々が続いた。

 NFLのレギュラーシーズンは、試合のないバイ・ウィークを挟んで17週、16試合制で争われる。
 プレイオフに進出できるのは、東西南北各地区の優勝チームに加えて、地区2位のチーム内で最も勝率の良かった2チームを加えた6チーム。
 第15週、各チームが14戦を終えた時点でバンデッツは9勝5敗、ロッキーズとアローヘッズも同率で並ぶハイレベルな大接戦、リーグ一の激戦区となった。

 そしてホームでの最終戦となる第16週の対インディアナポリス・オーバルズ戦。
 得点の奪い合いとなった試合で、バンデッツの司令塔、クォーターバックのカーティスは残り試合時間2分から冷静沈着にボールを進め、残り5秒で逆転タッチダウンを奪った。
 後はキックオフリターン・タッチダウンを奪われない限り、バンデッツの勝利が確定する。
 しかし、勝利の女神はオーバルズに最後のチャンスを与えた。
 自陣エンドゾーン深くでボールをキャッチしたオーバルズのリターナー、ブレイクは鋭いカットでタックラーを振り切ると、バンデッツのエンドゾーンをめがけて自慢の快足を更に加速させてひた走る。
 最後のタックラーも振り切られ、万事休すと思われたその時、バンデッツの黒いジャージがオーバルズの白いジャージに絡んで行った。
 最後尾に残っていたコワルスキーだ。
 決して足の速い選手ではないし、タックルの練習も積んでいない、しかし、14年ぶりとなる地区優勝への熱い想いがコワルスキーの背中を押したのだ。
 黒と白のジャージがもつれ合うようにフィールドに転がり、残り時間はゼロ、勝利の女神の気まぐれに、この14年優勝を味わっていなかったベテランの意地が上回ったのだ。

 しかし、バンデッツは地区優勝へ大きく前進するこの勝利と引き換えに大きな代償を払わねばならなかった。
 勝利の立役者、コワルスキーが立ち上がれない……もつれ合うように倒れる際に大事な利き足である左の膝の靭帯を痛めてしまったのだ。
 コワルスキーのシーズンは残り1戦を残して終わりを告げた、次の試合の結果いかんによって14年ぶりとなる地区優勝と、全米王者決定戦であるスーパーボウルへ続くプレイオフへの出場権獲得への希望を繋げたにもかかわらずに。
 そしてその結果、飛鳥にチャンスが巡って来た、バンデッツは即座に飛鳥をコワルスキーと入れ替えにアクティブ・ロースターに登録し、100年にもわたるNFLの歴史上初めて、日本人がNFLのフィールドに立つことになったのだ。


 翌日のマンデーナイト・フットボール(NFLの試合は基本的に日曜のデーゲームだが、その週の注目カード1~2試合が月曜日のナイトゲームで行われる)で、ロッキーズとアローヘッズの直接対決が行われ、アローヘッズがロッキーズを破った。
 その結果、バンデッツとアローヘッズが10勝5敗で並び、昨年の王者・ロッキーズが9勝6敗で追う展開となった。
 レギュラーシーズン最終週となる第17週、バンデッツは敵地に乗り込んでのロッキーズ戦、アローヘッズは西地区で唯一圏外にあるサンディエゴ・サンダーボルツとの対戦になる。

 NFLの地区内順位決定ルールは。
1. 勝率
2. 直接対決の結果
3. 同地区内での勝率
4. AFC内での勝率
5. 勝利した試合の相手の勝率の合計
 の順で決まる。
 ここへ来てアローヘッズがサンダーボルツに不覚を取るとは考えにくい、アローヘッズは11勝5敗でレギュラーシーズンを終えると考えるべきだ。
 最終戦でバンデッツがロッキーズに勝った場合、バンデッツはアローヘッズと11勝5敗で並ぶ、直接対決も1勝1敗、共にサンダーボルツには2勝を挙げているが、バンデッツは既にアウェイのロッキーズ戦で勝利しており、ロッキーズに2勝すれば地区内勝率でアローヘッズを上回って14年ぶりの地区優勝を果たすことになる。
 しかし、敗れた場合は勝率でアローヘッズの地区優勝、ロッキーズとは10勝6敗で並び、直接対決も1勝1敗、地区内勝率、AFC内での勝率も並ぶが、5番の勝利した相手の勝率の合計で下回ることになる。
 実は2011年、バンデッツは8勝7敗で迎えた最終戦でロッキーズに敗れ、5番目の順位決定方法までもつれ込んでワイルドカードでのプレイオフ出場を逃した苦い経験があるのだ。
 長い低迷期を経験したバンデッツは選手の入れ代わりが激しく、5年前の主力で残っているのはコワルスキーだけ、彼にこそ『今度こそ負けられない』と言う想いは強い、それなのに自身はフィールドに立つことが出来ないのは皮肉なことだった。

 試合までの1週間、飛鳥はロングスナッパーのコンドル、パンターでホルダーを兼ねるジャクソンと共に、フィールドゴールの一連の動作のタイミングを合わせることに専念し、コワルスキーは松葉杖をつきながらも静かにそれを見守っていた。


 試合前日、飛鳥はデンバーのホテルで落ち着かない時間を過ごしていた。
作品名:The Zone 作家名:ST