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The Zone

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 飛鳥も相手エンドゾーンを越える80ヤード、72メートル級のキック力は備えているが、飛距離ではコワルスキーには及ばない。
 しかし、飛鳥はコフィンコーナーに蹴り込む正確性で首脳陣の目を見開かせた。
 フィールドゴールはそれを阻止しようとする相手がいるが、キックオフは誰にも邪魔される事はない、すなわち、日本で練習していたことがそのまま発揮できるのだ、相手陣内5ヤード辺りまでなら距離にして60~65ヤードほど、その距離なら、飛鳥はいやと言うほど練習して来たし、自信もある。
 どこまで飛ぼうとタッチバックになれば相手の攻撃は25ヤード地点から、しかしコフィンコーナーに正確に蹴り込めば相手を敵陣深くに封じ込められる可能性が高まる、フィールドゴールと違って記録には残らないが、ルールの改正があった今年からはより重要な能力なのだ。

 最後のテストはオンサイドキックの技術。
 アメリカンフットボールではキックオフから10ヤード以上飛んだキックにはどちらのチームにもキャッチする権利がある、オンサイドキックとはその10ヤードギリギリを狙ったキックのことだ、当然レシーブ側の選手は10ヤード先に5名並んでオンサイドキックに備える、ボールより先に飛び出すことを許されていないキック側の選手がレシーブ側の選手と競り合うには、滞空時間の長い正確なキックが要求されるのだ、オンサイドキックは、失敗すればいきなりピンチを招く両刃の剣でもあるが、試合時間残り僅かでリードを許しているシチュエーションでは必要な能力でもある。
 そして、コワルスキーはこれが苦手、彼の唯一の弱点と言っても良い。
 ここで飛鳥は日本人らしい細かな技術を見せ付けた。
 飛鳥が蹴ったボールは高い軌道を描いて11~2ヤード先にぽとりと落ちる、それを何本でも続けられることを見届けたヘッドコーチは飛鳥に握手を求めて来た。
「オークランド・バンデッツへようこそ……」

 翌日、飛鳥は黒いジャージ、シルバーのヘルメットを渡された、1960年代から大きなデザイン変更のない伝統のユニフォームに身が引締まる想いだ。
 黒いジャージに記されたシルバーに光る背番号は『2』。
 キッカーは一桁の背番号をつけるのが通例なので、その番号のジャージを与えられるのも不思議なことではないのだが、バンデッツにおいて、背番号2は微妙な意味合いを持っている。

 2007年のドラフト、前年度NFL最下位の成績に終わったバンデッツは『いの一番』のドラフト権を手にした、そして当時のオーナー兼ゼネラルマネージャー(チームの編成責任者)だった故アル・デーモンが指名したのはルイジアナ州立大学出身のクォーターバック、ジャスティン・ヴィッセル、やや荒削りと評されながらも母校を全米大学一に導き、恵まれた体躯と抜群の身体能力ゆえに10年に一人の逸材と評されたヴィッセルだったが、性格面、素行面での不安材料も指摘されていた。
 そして、結果的には不安材料ばかりが噴出し、その才能が開花することはなかったのだ。
 契約時の金銭トラブル、キャンプのボイコットから始まり、練習への遅刻、ミーティングでの居眠り、体重コントロールの失敗と、まだ練習試合もしていない段階で不安材料を湯水のようにばら撒き、練習嫌いから荒削りなスキルは少しも磨かれず、公式戦でプロのディフェンスの洗礼に晒されると傲慢で独善的な性格からチーム内に不協和音を響かせる。
 ことごとくチームとファンの期待を裏切りながら、金銭面での主張だけは一人前以上だった彼は、『史上最低のバスト(期待外れ)』とまで呼ばれた、不振続きだったバンデッツの救世主となるはずが、チーム再建の足かせにしかならなかったのだ。
 その結果、入団時には売れに売れた背番号2のレプリカ・ジャージは、バンデッツファンによってホームスタジアムの通路に敷かれた、『奴をチームから追い出したいならば、これを踏んづけてその意思を示せ』と言う意味だ。


 そんなこともあって、ヴィッセル退団後、背番号2は事実上封印され、『逆永久欠番』とまで呼ばれるようになった。
 飛鳥にその番号が与えられたのは、『2番の呪いを解いて欲しい』と言う期待の表われと受け取ることも出来るが、『シーズン開幕時にはカットされている可能性が高い』と言う意味合いである可能性もある。
 そのどちらにせよ、NFL史上一、二を争う名キッカーに匹敵する実力を示さないと生き残れないことに変わりはない、飛鳥には大きな期待もかけられているが、一月後には解雇されている可能性もあると言うことだ。


 そして、テスト翌日からは主力選手たちがキャンプに合流して来た。
 TV画面の中でしか見たことがなかったキラ星のごときスター選手たち……錚々たる面々の中でも、飛鳥にとって、セルゲイ・コワルスキーは別格だ。
 ドラフト外入団も多いキッカーとしては異例のドラフト一巡指名で入団し、長年にわたりその栄誉に恥じない、いや、それ以上の活躍を続けてきた名キッカー、ボールを破裂させるのではないかと思えるような豪快なキックは飛鳥の憧れだったのだ。
 とは言え、新入団のキッカーとして挨拶に行った時の彼の態度は冷淡なものだった。
 じろりと睨むように見て、『せいぜい頑張りな』……。
 飛鳥は少々気まずい思いをしたが、それも当然のことだと思い直した。
 チームにキッカーは2人要らない、コワルスキーが『バンデッツのキッカーは俺だ、ぽっと出の日本人なぞ俺の敵ではない』と考えてもそれは当然のこと、それだけの実力を備え、実績を積み重ねてきた選手なのだから。
 とは言え、フットボールに限らず、アメリカのプロスポーツ界では移籍や解雇は日常茶飯事、チームの顔と言われるようなスター選手でも、後進が育ってきてポジションを脅かすようになれば、高額な年棒が仇となってあっさりカットされることも珍しくない。
 コワルスキーのような実績あるベテランは年棒もまた破格、サラリーキャップ制(選手の年棒総額の上限を定めたルール)が厳格に適用されるNFLでは、飛鳥がコワルスキーに肉薄する実力を示せば、金銭的理由を加味してカットされるのはコワルスキーのほうかもしれないのだ。
 コワルスキーが飛鳥に警戒心を抱いたとしても、それは当たり前のことだった。


 キャンプに参加している二人のキッカー、コワルスキーと飛鳥は親しく会話することもないままにキャンプは順調に進んで行く。
 さすがに間近で見るコワルスキーのキックは迫力満点、その左脚から放たれたボールが見る間に小さくなって行くのは小気味良いほどだ。
 とはいっても参考になる部分は余りなかった、コワルスキーの堂々たる体躯あってこそのキック力なのだ、身長で10センチ、体重で40キロ下回る飛鳥としては正確性に磨きを掛けるほかはコワルスキーに対抗する術はない。
 しかし、コワルスキーはそんな飛鳥の練習を、しばしば食い入るように見ている。
 飛鳥としては憧れの選手が自分の技術に注目してくれているのを光栄に思い、17年目のベテランでありながら新人から何かを吸収しようとする姿勢にも頭が下がるが、生き残りをかける身としては痛し痒しな部分もある。
 
作品名:The Zone 作家名:ST