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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第五章

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夜が更けた。
時刻は亥の刻を一刻ほど過ぎたころだろうか。権兵衛はあてがわれた離れ家の寝室で眠れぬ夜を過ごしていた。
同宿の用心棒三人組はまだもどってきてはいない。
太兵衛が、遊ぶなら遊里でといって用心棒たちに新たにカネを握らせたようだ。いまごろは酒と女を楽しんでいる最中だろう。

「はあ……」

権兵衛はため息をついて寝返りを打った。
……おれはなんでこの村にいるのだろう。
用心棒になってくれと正式に頼まれたわけでもない。

――村をでてゆけ。いますぐ、その足でだ。

脳裏に何度も里嶋庄八郎の忠告がよみがえる。
まさか、虎造の側に里嶋がいるとは思わなかった。かつては浅利道場の次席師範代をも務めたほどの凄腕の剣客だ。立ち合えば必ずどちらかが命を落とすだろう。

(いっそ、忠告に従うか)

――と、思わないでもない。権兵衛に村を守る義務も義理もない。
口縄の拓蔵を斬って事態をややこしくした責任はあるものの、先に刀を抜いたのは向こうだ、権兵衛はやむなく身を守ったにすぎない。
剣の道を捨て、医の道もあきらめた権兵衛はそのとき、胸に固く誓ったものがあった。
――これからは刹那に生きる。
こだわりをもたない。しがらみに捕らわれない自由な生き方。それが権兵衛の処世訓となった。
 だからいい女をみれば、その場で裾を高くまくりあげて精を放った。あとのことは考えない。後先を考えるからひとは不自由に陥るのだ。

だが……それでいいのか、と心の声がささやく。答えを持たぬ心の声がしきりと胸の中を騒がしている。

「くそっ」

権兵衛は掛具を跳ねあげ、半身を起こした。
すると――

「眠れないの?」

闇の中から声がした。