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松浪文志郎
松浪文志郎
novelistID. 62568
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ふうらい。~助平権兵衛放浪記 第五章

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権兵衛は目を凝らしてみた。
部屋の隅の暗がりに妙が端座している。

「妙…さん……」

「ここを出ていこうか迷ってるのね」

妙は権兵衛の胸の内を見抜いていた。

「まあ……な」

ごまかしてもしょうがない。権兵衛は正直にこたえた。

「ここにいてください」

妙は改まった言い方をした。そのまま膝をすすめ、権兵衛の枕元に白い紙包みを置く。
開いてみると小判が五枚あった。

「いまはそれだけしか用意できないけど……」

「虎造の身内は五十人はくだらぬそうだ」

気賀での縄張り争いに勝って、虎造は預かっていた口縄一家の乾分たちをそっくりそのまま吸収した。かつての拓蔵をも凌ぐほどの大勢力を築いている。


「ですから……」

「おれに死ねというのか?」

権兵衛は妙の言葉を遮っていった。

「いかにおれの腕が立つといっても五十人を一度に相手はできぬ。いま、ヤツらが数を頼んで襲ってきたらどうすることもできんだろう」

「…………」

妙が押し黙った。
月が雲間からでたようだ。障子越しにほのかに明かりがさした。

「!…………」

権兵衛は妙の顔をみた。左目のふちにアザがある。

「……亭主に殴られたんだな」

妙が顔をうつむけた。

「それでも村や家を守りたいのか?」

妙がこくりとうなずく。

「あたしは没落した商家の出なんです。掛川では有名な大店の娘だった。でも、おとっつあんが米相場に失敗して……」

一家離散というわけであった。売られるようにして辰澤村に嫁いできた……と妙は語る。

「だからもうこれ以上、自分の居場所を、家族を失いたくないの」

妙が膝の上で両拳をそろえ、ぎゅっと握りしめる。あまりにも強く握りしめたせいか親指の爪が血の気を失っている。

「これで足りないっていうんなら……」

妙が顔をあげた。頬に一筋光るものがある。

「……何度でもあたしを好きにしていいから」

「…………」

権兵衛が黙っていると、やにわに妙が立ちあがった。
帯に手をかけ、しゅるしゅるときぬ擦れの音をたてる。
顔をあげると妙は着物を脱ぎ捨て全裸になっていた。
淡い月光が妙の裸身を青く染めあげている。

「もう、いい」

権兵衛は妙から視線をそらしていった。

「どうして? あたしを抱きたいんでしょ」

「…………」

「色の道に生きるって決めたんじゃなかったの?」

「……なにかと引き換えにするのは、おれの道じゃない」

「うそつき」

ぞっとするような冷えた罵声であった。権兵衛は妙と視線をあわせることができない。
――と、そのときだ、火の見櫓の方向から半鐘の音が響いてきた。

「火事か?!」

すぐさま枕元の大刀をひっつかむ。裸の妙をその場に残して、権兵衛は外に飛び出してゆくのであった。