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富士樹海奇譚 見えざる敵 下乃巻

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とどめを刺すなら今しかない。
熊一は刀を抜いて、ケモノの首に刃をあてる。
するとケモノは一瞬、人間の弱さを見せた。
そして熊一に命乞いをしてきたのだ。
方法はわからない。
だがケモノは熊一の、まるで心に直接語り掛けるように。
“俺を殺せば、臓物の奥の爆薬が火を噴くぞ。天をも焦がすとあの女も云っただろう”
熊一は聞こえないふりをして、刃を喉元に突き立てる。
“そしたらお前も死ぬぞ。”
熊一はケモノの目を見ると、涙を流しているのを見る。
“おまえにも血も涙もあるだろう”
嗚咽を漏らすケモノに同情を感じつつ。
“助けてくれよ”
熊一は鼻で笑った。
「どうせ助からん。
最早、戻ったところで戦乱の世。
何処で死ぬのも同じこと。
むしろ霊峰富士に抱かれて死ぬのであれば、其れは其れで本望。」
ケモノはその言葉に反応して鋭い鉤爪を熊一に向けて伸ばすが届かない。
「哀れよの。
ケモノは悔しさ紛れに動ける体の部分を全て動かし、怒号を発した。
氷穴の中でその声は反響し、やがて消えてゆく。
熊一は残る力のすべてを刃に注ぎ込み、ケモノの頭部を断ち切った。