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擬態蟲 上巻

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1 宿場町の歴史



【擬態蟲】1 宿場町の歴史

http://www.youtube.com/watch?v=8udW3P3xB
bM&feature=related
Aram Khachatryan - Gayane - Ayshehs awak
ening and dance

くにざかひの川に架かる橋を渡ると丘の上一面の広大な桑畑が見える。
道なりに曲がりながら上ってゆくと村はずれの墓場がありその奥に寺があり林を抜けると賑やかな宿場町の入り口の火の見やぐらの前に出る。
宿場町の中程には古くから鎮座している神社があり、縁日だろうか
親子連れで賑わっている。
いまでこそひとの往来のある宿場町だが以前はやくざものが牛耳り、
賭博場と岡場所が軒を連ね、番屋も置かれたが賄賂集めに奔走する始末。
旅のものは裏山を抜けてこの宿場を避けるようになった。
挙句の果てには落武者の流れをくむとされる無法者たちが跋扈した。
やくざものどおしの対立は激烈を極め、この宿場町は地図からも消されてしまった。
風向きが変わったのは、名も無いひとりの素浪人が知略と腕っぷしでやくざものを一網打尽にした後のことだろうか。
いっときは静まり返ったものの、このあたりのやくざものの大地主の甥っ子が江戸から帰ってきてた。江戸のおおたなで番頭まで勤めていたというこの甥っ子、“虎畑の二郎”は昔からの地場産業である「おかいこ」に目をつけ、桑畑を整備した。
如何にもやくざな屋号である「虎畑」を捨て、一家を潰したとされる
素浪人が使った「桑畑」を新たな屋号とした。家系なのか血筋なのか大柄な身体は、以前のやくざ風情を思わせたがこの二郎、真面目に内匠の道、商いの道に精進した。その結果、街に戻るものもあり、かつて対立した大地主たちの間でも共同で桑畑を管理し「おかいこ」の仕事を広めた。嘗ての博打うちたちも心を入れ替えて働くようになり、遊女たちも紡績の仕事をおぼえた。そして将軍様に献上する品が、作られるようになった。
そのころになると、桑畑家は「おかいこ屋敷」といわれるほどの大きな家と蔵を丘の上に持つようになった。冬場の風除けに崖の下にひときわ大きな蔵を作ったこともあり、街道沿いからもその荘厳なる佇まいが伺えた。
あるとき、街道を下る殿様の一行が宿場に立ち寄り、「おかいこ屋敷」をみて町人農民の分際であの屋敷は大きすぎると叱り飛ばし、屋敷を半分にするよう云われた。二郎はそれでも、もうしわけございませぬ、の一言で殿様の言うとおり逆らいもせず屋敷を半分、壊してしまった。
もっともそれでも可也の大きさのものではあったのだが。
やがて鼻の高い西洋人たちが横濱に来て侍の時代が去り、大政奉還で
宮様の天下になると、「おかいこ」はお国の重要な「外貨獲得産業」と
位置づけられた。すでに老境であった二郎は、倅の権蔵に仕事を任せて隠居の身となった。実際に桑畑の真ん中のひときわ高い丘の上にある大きな土蔵を改造してそこに住むようになった。それからはほとんど人前に出ない生活を始めた。商いの跡を継いだ権蔵は、やはりたいへん大柄な男で、父譲りの商才もあったようで次々新たな手法を導入していった。機械を買い与え手間のかかる紡績産業自体は別な場所で行なわせ、養蚕だけに特化するようになった。さらに質のよい蚕を育てるための研究と実験を行なう
管理棟を造った。
それらを會社形態で行なうために圓寅養蚕株式會社(まるとらようさんかぶしきかいしゃ)を設立。外国人の客を招きいれて盛大に事業を広げて行った。だが父とは違い・・いや血筋なのか、よく云えば男気が強く、悪く言えば喧嘩っ早い。
しかも悪いことに腕っ節が滅法強い。
仕事がある程度軌道に乗ると、権蔵は本性を現したかのように、やくざな一面を見せるようになった。
宿場は、商売客が訪れるようになり活況を呈していたが、権蔵が集めた若いやくざものたちが、徐々に酒、女、博打と裏の仕事を広げていった。
しかしそれも宿場の花、と云われるうちはよかったのだが、街の一角に吉原を模したような遊郭まで作ってしまうと誰もが閉口し始めた。
隣町に新規参入業者が現れれば、荒っぽい手を使い小まめに潰していった。
となればやくざものの息は荒くなり、堅気の者にちょっかいを出すようになる。だが街の有力者でもある桑畑権蔵である。街の利益代表でもある圓寅養蚕株式會社代表取締役の桑畑権蔵である。
街の半数以上のものは彼のために働き、彼は見合う報酬を払っていた。
それだけでなく街への貢献として神社仏閣も建て替えた。
廓を建てた一方で、分教場も建てたのも事実で。
いずれは町長か知事様か。
そんな男に意見をするものなど誰も居ない。
老いた街の衆が二郎翁を訪ねて、権蔵に意見してくれと頼んでみても
二郎翁は「老いたれば後のものに任せて残りの人生を楽しむべし」と
取り合わなかった。莫大な利益を生み出し街を支える身として。
恵まれた体格、そして才覚。桑畑権蔵は、自分は完璧だと思った。
我こそは最高で完璧な男だ。
いや、漢だ。
だから・・・最高の女を抱く必要がある。
常に最高を追い求めるのだ。
仕事も。おんなも。
女中に焼かせたパンに甘酸っぱいクワの実と砂糖を煮込んで作った
ジャムを塗りたくって食す。
このクワの実のジャムは、わたしらん精力の元ですわぃ。
翁も毎朝舐めておりますわぃ。
これさえ毎朝舐めておけば、一晩におんなのひとりやふたり抱いても大丈夫。毎晩、毎晩、抱いても困るこたぁございませんわぃ。
あまりの精力に遊女も堪忍と泣いてよがる始末でございますわぃ。
遠い南のいにしへの国、巴比倫の時代から伝わっているらしいんですわぃ。しかし西洋人というのはなんとも味気ないものを食べよりますわぃ。
ぶれっどだのパンだのいいますがのぉ。いくらハイカラだと申しましても、日ノ本の民は米があってますわぃ。しかし世界に打って出ていかにゃなりますまぃ。だから朝メシだけは西洋人の真似をして・・おりますわぃ。
ブレクファストで、モーニンティーですわぃ。
ま、そのあとお茶漬けサラサラっといただきますわぃ。

作品名:擬態蟲 上巻 作家名:平岩隆