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擬態蟲 上巻

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2 桑畑権蔵と福田千吉。その息子の福田善一。



【擬態蟲】2 桑畑権蔵と福田千吉。その息子の福田善一。

http://www.youtube.com/watch?v=92OIRppw8
SE&feature=related
Nikolai Rimsky-Korsakov - Fugue "In The
Monastery" -

となりむらの七日いちばの先の福田村の村長の息子で帝大出の福田千吉が
新たに製糸工場を建てようと横濱外為銀行の頭取と会合を開くと
聞きつけた桑畑権蔵は、若い血の気のおおいものを連れて妨害した。
事件をもみ消すために頭取を自分の街の廓に誘い込んだ。
そして二度と紡績工場を建てさせないようにクンロクを入れて、千吉の集めた職工たち職女たちを倍の値段で買い取った。
ただのやくざものならそれで話が終わるがそこは桑畑権蔵、器がちがう。
千吉を圓寅養蚕株式會社の財務部門の頭に据えた。
海外への輸出が拡大し、政府は養蚕紡績産業を国の戦略産業と位置づけた。之を好機と捉えた権蔵は、煩雑な外国為替のからくりを千吉に任せたのだ。これからの銭勘定は頭のいいヤツじゃなきゃぁやっていけん、そう思ったのだ。千吉は畑違いの分野に酷く拒絶反応を起こしたが、しかしそこは権蔵。抜け目がない。体のよわい千吉の女房を伊東の温泉旅館に長湯治と称して幽閉し千吉のひとり息子の善一を自らの身の回りの世話をする小僧として雇ったのだ。
福田千吉は家族を人質にとられ、慣れない金融の仕事を任されていたのだ。
“千吉さん、びた一文、どぶに捨てるような真似したら、てぇえへんだぜぃ・・。”
と、桑畑権蔵に耳打ちされながら。精神的にいびられながら。
しかしというか、だからこそなのか。
さすがに帝大出の秀才だけあって福田千吉は業界でも指折りの経営者となった。桑畑権蔵の影響なのか、そのやり口は強引な部分もあり、株式會社の制度を縦横無尽に駆使して製糸工場、紡績會社、船會社を次々に買収していった。数年で実質上の會社を取り仕切るまでに福田千吉は成長したが、全ての決定権は代表取締役社長の桑畑権蔵が握っていた。
養蚕を中心とした“圓寅グループ“は大きく広がっていった。
この頃になると昼間から遊女と遊び、酒をくらい、道楽者として・・。
資金と勢いのある男であるから、さまざまな陳情者が彼を昼となく夜となく持て成した。そんな男の元で福田千吉のひとり息子、善一は丁稚奉公させられた。しかし善一は息子のいない桑畑権蔵にとても可愛がられた。
ときにやさしく、ときに悪鬼の如く叱りつけた。
出かける際は鞄持ちとして。
雨の日は傘を差しかけた。
煙草を買って来いと云われれば、へぃ!と煙草屋に走る。
権蔵が廓に籠もれば、表で待っていた。
そうこうしているうちに善一は、必要に迫られたこともあり、算盤と暗算に長けていった。仕入や荷造りの場を見るにつけ仕事を憶えていった。
その姿を桑畑権蔵は頼もしく思った。
ある日、桑畑権蔵は善一を「母屋」に呼びつけた。
昔から「おかいこ屋敷」と呼ばれていたが、権蔵の代には更に巨大になり
「おかいこ御殿」とやっかまれていた。
川沿いの道からこの「おかいこ御殿」を見上げながら広大な桑畑を登っていく。「おかいこ御殿」は蚕を飼い繭を作らせるための巨大な飼育部屋を持つ「飼育棟」作業を行なう「作業棟」それに「実験棟」などの建物があり、その奥に「母屋」があった。
善一は桑畑を駆け上がったが、すでに桑畑権蔵は母屋の玄関の前で
仁王立ちして待っていた。息を切らしながら「旦那さまぁ、遅れてすいません」と善一が挨拶すると権蔵は顎を上に向けて「をぅ。」とだけ云う。
「善一よ。今日は、おまえに今迄見せなかったものを見せてやるからな。
いいか、よぉぅく勉強するんだぜぇ。」
養蚕工場に入っていく。
二重にはめられた木戸を開けるとなんとも知れぬ季節に似合わぬ温度と湿気に包まれた。白い装束を着たおとこたちおんなたちが、大きな「マスク」といわれる衛生防毒面をつけて白い油紙の上に丸く並べられたつぶつぶを丁寧に扱っている。やたらとガラス管の温度計に目を配っている。
「これがおかいこさまの卵じゃ。摂氏10度以下を保てば発育を始めるが
孵化が近くなると卵が透明になり青い虫が透けて見えてくるわぃ。
だからこの工程を催青(さいせい)と呼ぶのだ。」
次の作業台に移ると確かに卵は半透明に透けて見えている。
千吉は童心に帰り、その神秘を見守っている。
「孵化を促進するためにこの部屋の温度は摂氏25度、湿度は80パーセントに保たれておる。この調節が重要なのだ。冬寒くてもこの建屋だけは之を保つ。夏暑くても天幕を張って調節するのだ。我が工場は一年中、おかいこさまに繭をつくってもらうのだ。よそ様じゃぁ知らんが、ここじゃぁ、おかいこさまには一年中働いてもらう。」
次の作業台ではいよいよ稚蚕たちが生まれていた。
一瞬、そのグロテスクな動きをする緑の塊に善一は顔を背けるが
「バカたれ!おまいのおまんまは、このおかいこさんたちが食わせてくれているのだぞ!」
と叱責されたが、なんとも毛むくじゃらな小さな蚕は、あまり好きになれそうもない。と善一は思った。
「孵化まで凡そ半月、孵化して一令、一眠、脱皮して二令までこの建屋で育てるのだ。」
蚕は生まれて四度脱皮を繰り返し五令幼虫まで成長する。
緑色だった体は白い体となり、伸ばして、そして縮めて、体が大きくなると脱皮する。孵化したころは3mm程度だが70-80mmほどにも成長し、養蚕棚と呼ばれる棚に移された幼虫たちは桑の葉を与えられ、食欲旺盛になり桑の葉をバリバリと食べる。
「ここで桑の葉をめいっぱい食べてさ、大きく成長してもらって、いい繭を出してもらうんだ。だから日に二回桑の葉を交換して水をやるのだ。大変な手間をかけて掃除もする。そうすることで・・いい繭を出してもらうのだ。」
五令幼虫は一週間ほどで桑の葉を食べなくなり体の絹糸腺に溜った絹物質が体表から透けて見えて飴色に見えると、熟蚕(じゅくさん)である。
「蚕座で糸を吐き始めたら、あの建屋に移すのだ」
次の建屋は蚕部屋といわれる建物で熟蚕が繭を作る部屋を蔟(まぶし)といい、高さ40mm縦30mm横45mmの区切りで仕切られた蚕部屋が並ぶ建屋の天上から吊るされた回転蔟も幾つも吊り下げられていた。
回転蔟とは、熟蚕が足場糸を吐いて繭を作り始めるまでに上へと上る習性があるため蔟全体を回転させてバランスのよい蚕繭をつくるための仕掛けである。ひとつの蔟で12×13、156区画のものが、いくつも吊られていた。
更に歩を進めると上蔟(じょうぞく)させた熟蚕が営繭(えいけん)していた。
区画ごとに白く美しい繭が並んでいて、千吉は息を呑んだ。
「お蚕さんは繭を作り始めて約10日すると集繭(しゅうけん)だ。」
集繭された繭は最終工程の建物で、穴を開けられ蛹を外に出す。
その段階で9割の蛹は別な工程に運ばれてゆく。
五分は実験棟という建物に持っていかれる。
作品名:擬態蟲 上巻 作家名:平岩隆