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尖閣~防人の末裔たち

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「ハイハイ早く始めないと、巡視艇の役者さんが暑さで白旗揚げちゃいますよ。」
 キャビンから機上通信員の磯原が顔を出す。
「ほぅら、そうだよ早くしろよ。プロポーズの文言は俺達で考えておくから安心してミスってくれ」
 磯原が言葉を続けた。
 昇護は
「そんな~」
と言ったが誰も聞いていない。締めくくるようにみんなの笑い声で機内は一杯になると、昇護は苦笑いを浮かべながら、ペダルを踏んで機体を「うみぎり」に正対させるとサイクリックレバーを前方に倒して、コレクティブレバーで出力を上げた。白地に青と水色のラインのヘリが前傾姿勢となって、加速していく姿が脳裏に浮かぶ。この瞬間が昇護は大好きだった。
 コックピット左側に座った昇護が操縦するため、直線で進む「うみぎり」の右側にピッタリと張り付くことが出来た。そのまま右下に「うみぎり」を捉えて放さない。
「船首が左に微動しつつあり。。。」
 浜田が言うと徐々に船が左に離れ始まる。ジグザグ走行に入るらしい。昇護に緊張が走る。昇護は機体を左に滑らせると今度は船が接近しすぎる。慌てて戻す。
「もっとお互いの惰性を頭に入れろ、俺が船の動きを読み上げたらその先の動きをする準備をしろ」
 浜田が怒鳴る。
 なんとか、「うみぎり」を右下に捉え続けていたが、次の瞬間「うみぎり」の船橋が右下の窓から左下の窓に移動し、あっというまに左側に来てしまった。と同時に「うみぎり」は180度回答し、「うみばと」とは反対方向へ向きながら煙突から黒い煙を煙幕のように噴出す。たむろした煙で船橋の上空が真っ黒になった。機関に全速を掛けた証拠だった。そして加速して速力が付くと吹き出してたむろしていた煙が尾になって流れていった。この一連の「うみぎり」の反転加速が昇護に一瞬の出来事のように写った時点で勝負はついてしまった。この動きについていけなかった「うみばと」を「うみぎり」はどんどん引き離していった。
 浜田が訓練終了を告げると機上通信員の磯原が母船「ざおう」と目標船を演じてくれた「うみぎり」に訓練終了を連絡した。浜田は、「うみぎり」に改めて無線で礼を述べると、
「はい。お疲れ、アイハブコントロール」
と言って、操縦を昇護から引き継ぐ意志を示した。
「お疲れ様でした。。。ユーハブコントロール」
 昇護は操縦を浜田に引き継いだ。
「おいおい、そうシケた面すんなよ。最初はそんなもんさ、異なる特性をもつ相手に合わせるのはなかなか難しい。ま、それは男女も一緒だけどな、それも結婚すれば、家庭という共通の目的のもと合わせやすくなる。」
 慰めるように、そして諭すように浜田が昇護に語りかけた。
「そんなもんなんですか。。。」(家庭に結び付けるあたりが怪しいな、と昇護は素直に頷けない)
「まあな、お~い、みんなっ。昇護がプロポーズをするそうだ。力を貸してやってくれぃ!」
 と、急に声を張り上げた。キャビンから2人の笑いと拍手が沸きあがる。
 こんな会話をしながらも、周囲への監視の目は怠らない。周囲を見ながら浜田が真面目な声で続けた。
「おい、だって俺たちはこれから尖閣へ行くんだぞ、PLH(ヘリ搭載大型巡視船)の数は少ないから下手したら半年は帰って来れないかもしれない。お前も彼女も27だろ?お前はいいが彼女は周りがバタバタと結婚し始まる。いわば「お年頃」だ。何かで繋ぎとめておかないと結婚する気が無いとか誤解されて速攻で振られちまうぞ。付き合って長いよな、何年になるんだっけ?」
「4年です。」
「そろそろ決断しろ」
 ぶっきらぼうだが、力強く浜田が言った。すると聞き耳を立てていた。キャビンの2人がそうだそうだ。と同意した。
「来週末、日立港祭りで「ざおう」を展示するだろう。それから佐世保で展示してから尖閣だろ?お前、日立港祭りの時に休みとって彼女に会って来い。丁度いいじゃね~か。」
 浜田が一気に畳み込む。
「いやしかし、警備は?」
「心配することはないさ、この人数で十分だろ。行ってこい。」
 と浜田が言うと
「そうだよ。行って来い。佐世保の護衛艦には親父さんもいるんだろ?寄ったついでに報告出来るじゃねえか、運がいいぞ」
「当たって砕けろ。だ。まあ、そこまで付き合いが長ければ砕けないだろうけどな」
 と磯原と土屋が続いた。
 それでも踏ん切りがつかない昇護に見かねた浜田が、
「お前ぇ~、巡視艇に思いっきり振り切られただろ?しくじったんだから約束どおりプロポーズしろ!休みは俺が副長に通しておく。以上」
 と話を一方的にまとめてしまった。
「はい。ありがとうございます。」
 結局、押し切られてしまった昇護はまんざらでもなくなっていた。
 ベル212「うみばと」が、練習相手を務めてくれた巡視艇「うみぎり」の上空を機体を左右に振る「バンク」とよばれる挨拶をしながら通過し、母船の「ざおう」へ向かって飛び去っていった。見送った「うみぎり」の乗員たちには、心なしか「バンク」の動作が嬉しそうに尻尾を振る犬のように見えていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹