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尖閣~防人の末裔たち

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 昇護は目標を見失わないように左前方の巡視船を目で追い続けながら
「いえ、マグレですよ。」
 謙遜の苦笑い的な笑顔を作ったが、決して右側の機長席に座る浜田の方へは顔を向けずに答えた。ここで目標を見失うわけにはいかない。
 昇護は必死に目標を双眼鏡で追い続けた。
まもなく肉眼で確認出来るほどに目標に近づいた。
まずは、高度1000フィート(約300m)を維持したまま目標上空を通過し、巡視艇「うみぎり」であることを確認した上で追及訓練を実施するとした手順に従い、速度を落としながら巡視艇「うみぎり」の右側上空をゆっくりと追い抜かしてまずは、ゆく。その際に左側面の窓から監視していた機上整備員の土屋が
「目標は巡視船「うみぎり」に間違いありません」」
 と報告した。
 と同時に、右側面の窓に張り付いていた機上通信員の磯原は、GPSで現在位置を確認すると、早速母船の巡視船「ざおう」に無線で目標発見と位置を報告した。「ざおう」と「うみぎり」からは、訓練開始の指示と連絡が届いた。
機長の浜田は、その無線のやりとりを聞き終えると同時に「うみばと」を急激に左旋回させ低速も相まって小回りを聞かせたベル212「うみばと」は巡視艇「うみぎり」に対向する。互いに向かい合って進んでいるため「うみばと」はあっという間に「うみぎり」とすれ違った。浜田はすれ違うと同時にサイクリックレバーと呼ばれる飛行機の操縦捍と同様の形をした棒を手前に引いて機種を上げて前進速度を殺す。速度がゼロになった所で左のフットペダルを踏み込むと、回転するメインローターの反動で機体が回転するのを抑制しているテイルローターがそのピッチ角度を浅くしてメインローターの反動とバランスしていた風力を弱めた。これによって、メインローターの反動に身を任せた機体がメインローターを軸としてークルリと自転する。浜田は愛機「うみばと」を「うみぎり」を追う向きに向けると踏み込んでいたペダルを離して機体の回転を止めると共にサイクリックレバーを前方に軽く倒して、機体を前傾姿勢にして軽く速度をつけてゆっくり「うみぎり」を追う。「うみぎり」では甲板に数人の海上保安官が出てきてこちらを見上げている。これも訓練の一貫で、上空からの船員の見えかたを把握するためのものである。さらにコレクティブレバーで出力とメインローターのピッチを調整して高度を思いきって100フィート(約30m)まで下げて本格的な追尾に移る。甲板の船員が近くに迫ってくる緊張感に昇護は生唾を飲み込んだ。浜田が一通り操縦したら、次は引き続き昇護の操縦で訓練を続けることになっていた。浜田の一糸乱れぬ操縦がプレッシャーとなって昇護を包み込む。自分に出来るのか?
「コラ、昇護!固まってないで、良く見とけよっ」
 浜田は視線を「うみぎり」に貼り付けたまま昇護に発破を掛けた。
「ハ、ハイ。了解しました。」
「次はお前が操縦するんだからな。そうだな~、お前がしくじったら、彼女にプロポーズしてこいや!」
「ハイ、了!?ちょっと、そりゃ無茶ですよ。」
 普段と変わらぬ浜口のもの言いに思わず肯定しそうになった昇護は慌てて否定した。
 キャビンの土屋と磯原は、「おぅ~っし!」と太い声を挙げると、声を立てて笑い合った。
「ほぅら、昇護、しっかり目標見とけよ。俺がしくじったら、、、」
 浜田の言葉に全員がシンと静まり返る。
「全員にアイス奢るぜ。」
みんなからブーイングの声が漏れる。
「というわけで気合入れて行くぞ」
 他愛も無い、しかし昇護にとっては重大な会話が終わるのを待っていたかのように眼下の「うみぎり」が左右に移動し始まる。
「ジグザグ航行を開始。奴さん本気出し始めましたよ。」
 その見え方から「うみぎり」がジグザグに航行し始まったことに気付き、昇護は、大袈裟に報告するこれで会話の矛先がしばらく俺から逸れるな。と内心ホッとしながら。が、それは同時に追尾の難易度が上がったことを数秒後に見せ付けられる結果となって昇護に跳ね返ってくるのであった。
「了解っ!みんなつかまってろよっ!」
 と浜口は言う。もう先ほどまでのお茶目な物言いは消えていた。
「了解。」
 反射的に全員の声が帰って来たのを確認すると、サイクリックレバーを左に倒して機体を左に横滑りさせる。足元の窓と、両サイドにあるドアの窓を交互に確認しながら、すべり具合、傾きをサイクリックレバーで、高度を維持するために左側の座面付近に突き出したコレクティブレバーで出力とメインローターのピッチを調節し、そしてペダルで、機首の方位を微調整して挙動を安定させる。まさに五感をフルに活用すると共にいかにヘリコプターを手足として扱えるかの一体感が必要とされる機動である。
「左行き足弱まる。。。船首右に変位しつつあり。。。右移動開始」
コックピット左側の席に座る昇護が刻一刻と目標船「うみぎり」の動向を報告する。浜田はその情報と目視で、ちょっとした変化から「うみぎり」の次の動きを予測する。船舶もヘリコプターも飛行機も移動を変化させる際は慣性による惰性での行き過ぎに注意しなければならない。この点が陸上で路面との摩擦力の強いタイヤで移動する車と大きく異なる。車だったらハンドルを切れば即座に方向を変えられる。
 船の惰性と自らの惰性を先読みして手足のように「うみばと」を操る浜田の操縦をイメージしながら昇護は目で「うみぎり」を追い、報告を続けていた。まったくもってペースが乱れず、ピタリと「うみぎり」を左下に捉えている。自分の下である右下ではなく、浜田からは見辛いが左下に目標の「うみぎり」を置いているのは、右側の自分が操縦に専念している分右側の見張りに穴が開くためである。昇護は、浜田は37歳のベテラン。対する昇護は27歳これから脂が乗ってくるところであり、腕の差は歴然であった。そこにさらにプロポーズの大きすぎる課題付きなのが緊張に拍車をかける。昇護を除いて全員既婚者のこのヘリのクルーは結構こういうネタにはしつこいのである。失敗はできない。もちろん実際の船舶を目標にした訓練も貴重だ。
 10分程度過ぎると、動けど動けど「うみばと」に付きまとわれた目標船の巡視艇「うみぎり」は、小まめな方向転換など激しい運動の繰り返しにより行き足が鈍くなり速力が低下、遂には停船してしまった。船上の海上保安官がこちらに向かって白旗を振っている。
誰からともなく
「お、降参してるぞ」
と言うと、その演出に全員が吹き出してしまった。
浜田は
「おっしゃ、そうこなくっちゃ。」
 と下方に手を振るとサイクリックレバーを前方に倒して、コレクティブレバーで出力を上げると、ヘリが前傾姿勢となって、加速していった。
「うみぎり」から1km程度離れると
「次、お前。ユーハブコントロール」
 と浜田が言った。不敵な笑みを浮かべている。
「はい。アイハブ」
 自信なさげに昇護が答えると
「おいおい、そんなことでどうすんだよ。そんな弱気でプロポーズできんのか?」
 浜田が煽る。
「いやいや、まだするって決まったわけじゃないですし。」
 昇護は、サイクリックレバーとコレクティブレバーの感覚を確認しながら口を尖がらせる。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹