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尖閣~防人の末裔たち

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13.若鷲


 7月上旬、例年よりも早く梅雨明けが宣言されたが、夏到来という実感が持てないぐらい涼しい日が続いていた。だが、それは、陸上での話であって日陰の無い洋上では照り付ける夏の陽光に曝されたあらゆるものが加熱される。
 宮城県の金華山沖を航行する塩釜港に拠点を置く第二管区海上保安部のヘリコプター搭載巡視船PLH05「ざおう」では「航空機離船10分前」の放送が流れ、船の後部に設置された平坦な飛行甲板では、既に格納庫から引き出されたベル212型ヘリコプターを前にブリーフィングを終えたフライトクルーは、機体まわりの点検を行い機体番号MH599愛称「うみばと」に乗り込んだ。機体前方で支援要員が見守る中、コックピットでは、右席の機長と左席の副操縦士がプリスタートチェックリスト読み上げと確認を相互に行い、エンジンをスタートさせる。キューンという軽い金属音が響き渡り音程が高まっていくとそれにワンテンポ遅れたように機体の上部に取り付けられた竹トンボの羽のような2枚のメインローターがゆっくりと動き出す。それに釣られて尾翼の頂部に取り付けられたテイルローターがメインローターを急かすようにメインローターよりも早く回転をしている。そうこうするうちにメインローターから発生した風切り音は、回転が高まるにつれて野太い音に変化していく。「ヘリコプターの音ってどんな音?」と問いかけられれば、老若男女を問わず多くの人々は「パタパタパタ。。。」と答えるであろうが、2枚の大きなローターを持つベル212は「ボトボトボト。。。」という特徴的な野太い音を発する。この2枚のメインローターを別名シーソー式ローターともいい、竹トンボの羽根やシーソーのように直線状のメインローターを機体の前後方向に沿った向きに固定することで、最大幅は機体の幅となることから、4枚羽根や5枚羽根のメインローターを持つヘリコプターが羽根を後方に畳んで格納庫に収容しなければならないのに対して、折り畳む必要のないベル212は、旧式ではあるが未だに海上保安庁のヘリコプター搭載巡視船にでは重宝がられている。
 船橋ではヘリコプターの離船に最適な風の状況を作り出すために針路と速力を設定していた。もちろん周囲の船舶の動向を確認して安全を確保しながらの操船である。
「針路速力制定した。離船せよ。」
 船内で航空管制を行う航空長からの指示により、飛行甲板にMH599「うみばと」を固定していた系止索が外され、機体前方に立っている誘導員が親指を上に上げて離船の合図を送ってきた。副操縦士の 倉田昇護がトルクを読み上げ、後方のキャビンから顔を出した機上整備員の土屋啓吾がエンジン計器を監視する中、機長の浜田直樹は、風向風速と船舶搭載ヘリならではの船体動揺即ち船の揺れ具合を確認して座席の左側に古い車のサイドブレーキを緩めた時のように前方に倒れているコレクティブレバーを引き上げる。
 機体がフワリと浮上したのを五感で感じつつも上昇具合を昇降計で確認すると「ポジティブクライム」と声を出して互いに確認する。
 副操縦士の昇護は、
「MH599離船異常なし」
を航空長に無線連絡した。
「こちら「ざおう」了解。」
 機長の浜田は、「ざおう」の船橋の横をかすめ飛ぶようにして「ざおう」の前方に出ると、右に旋回しながら西へ向かって上昇していった。
 ブリーフィングで打ち合わせた通り高度1,000フィート(約300m)まで緩やかに上昇して水平飛行に移った「うみばと」は、訓練海域に向かった。

 石垣島の第11管区海上保安部への応援のため、尖閣諸島へ派遣されることになった「ざおう」では巡視船単体としての漁船や海監への対処訓練は勿論の事、ヘリコプターによる対処訓練も行っていた。
 これは、先月にマグロ延縄漁船団に対して巡視船が十分に近付けなかったことへの新たな対処方法として、ヘリコプターで上空から漁船団に追及することとしたために新たに追加された訓練であった。
 当該のマグロ延縄漁船団の代表である河田勇が、元海上自衛官で、しかも事実上制服組トップの海上幕僚長の経験者だったことと、同行したフリーライターが軍事関係と国際関係専門で日本国内だけでなく海外でも活躍してきた人物だったこともあり、この事象は一躍有名になっていた。さらに、「領海よりも、日本人の生命を優先する」と言って、漁船団を引き返させた巡視船船長の言葉が公となり、この言葉が現場での海上保安官の苦悩と苦闘そして限界を代弁するものとして、国民に広く知られることとなった。さらには何故尖閣に海上自衛隊を派遣しないのかと言ったことを発言する議員が与野党に出てきたのもこの事象の影響であった。そして、元海上幕僚長の河田勇は、テレビ番組にも出演するようになり、持論の国防論を説いて行った。米軍不要論とも言うべき河田の論調は、在日米軍により苦労を強いられている沖縄を始め様々な地域で、この夏の平和活動に少なからず影響を与えそうだという予測もなされている。ごく最大野党の民権党では、「思いやり予算」の見直しについて委員会が発足していた。

 今回の訓練では、30m級巡視艇「うみぎり」が漁船役を務めることになっており、塩釜港から沿岸沿いに航行しているはずであった。倉田昇護が副操縦士として乗り込んでいる「うみばと」は、巡視艇「うみぎり」を捜索し、発見次第低空で「うみぎり」を追い回すことになっている。
 コックピット右側に座る機長の浜田直樹が操縦する「うみばと」は、高度1000フィート(300m)を保ち飛行を続ける中、コックピット左側に座る副操縦士の倉田昇護は、計器類をモニターしながら巡視艇「うみぎり」の捜索を行い、コックピット後ろのキャビンでは、機上整備員の土屋啓吾はビデオカメラを構えつつ側面の窓から捜索を行い、機上通信員の磯原学は、GPSの状況を確認しながら同じく側面の窓からの捜索に徹していた。ビデオカメラの映像は、訓練後のブリーフィングに使うためという目的もあるが、実際の現場においては不測の事態が発生した場合の証拠としても有効なため、その撮影の訓練も兼ねている。
 凪いだ海面がキラキラとちりばめられた宝石のように陽光を照り返す海面の遥か先に宮城県の海岸線が霞んで見えてきた。海面と青空の強い光のコントラストとそれらを柔らかに仕切るように存在するする霞んだ海岸線。。。誰もが心奪われ見とれる光景だったが、機上の4人には全く縁のない景色であった。海の安全を守る彼らにとって、その景色は人の命を奪おうと大口を開けて待っている海であり、そして悪意あるものには犯罪の隠れ蓑ともなり得る海。。。たとえ訓練中であっても、訓練目標の巡視船を捜索するだけでなく、常に監視の目を向ける実戦の場なのだ。
 飛行を始めて15分ほど経過した頃、昇護はキラキラと散りばめられた光の粒を乱す不協和音のような一点に気づいた。すかさず手元の双眼鏡を構えた。双眼鏡の視野には灰色の船体に甲板上の白く低い構造物が目立つ小型船。明らかに巡視艇「うみぎり」であった。
「機長っ!10時の方向に目標発見!旋回願います。」
 昇護は、思わず叫ぶような声で報告した。
「了解っ!昇護は目がイイな」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹