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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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「でも、アタシ何かした? 今までろくに話したこともなかったのに。こっちは名前も出てこないくらいだっての」
 美紗がほんの少し前に抱いた疑問と同じようなことを、大須賀は喚くように言った。そして突然、「もしかして!」と素っ頓狂な声を上げて、テーブルを叩いた。
「アタシが日垣1佐のこと話してたからあ?」
「何で?」
 怪訝な顔をする吉谷に、大須賀はすっかり慌てた様子でまくしたてた。
「さっきの八嶋さん、実は自分が日垣1佐を狙ってたりとか! それで、アタシがカッコイイとか『奥さん代理』とか言いまくってたから、頭きて言いがかりつけた、みたいな……」
「メグさん、何かっていうと『日垣1佐』だよね」
 吉谷は、呆れたと言わんばかりに眉をひそめた。しかし、大須賀は、真剣な目つきで、情報局の主と言われる大先輩をじっと見つめた。
「まさか、すでに二人こそこそ付き合ってるなんてこと、ないですよね? 1部はそういう噂話とか全然ないって、吉谷さん、言ってましたもんね?」
「うん? まあ、そんな話は、ないように見えるんだけどな」
「吉谷さん! 『ないように見える』じゃ困るんですよっ。自慢の情報網でばっちり調べてくださいよお」
 濃厚メイクの下で血相を変える大須賀に、吉谷はとうとう声をたてて笑い出した。
「はいはい。気を付けて見張っとくね。でも、もしうちの部長と八嶋さんの間にマジなご関係があったら、私なんかには絶対分からないと思うな。日垣1佐は用心深いから」
「そ、それ、どういう意味?」
 大須賀が目を丸く見開いて声を落とす。それに合わせるかのように、吉谷も声を低めた。
「あの人、すべての方面に頭切れる人だから。周囲に知れるようなヘマはまずしないと思う。優しそうに見えて、結構ドライだし。相手があんな若いのだったら、下手な行動に出られないように心理的にコントロールするのだって、きっとお手のもの……」
 その後の言葉は、もう耳に入ってこなかった。美紗はふらりと立ちあがった。
「あの……、私、戻ります」
「あ、引き留めちゃってごめんね、美紗ちゃん」
 吉谷は、がらりと変わって明るい声で手を振ると、すぐに大須賀をからかうようないたずらっぽい表情に戻った。テーブルに残った二人は、昼休みが終わるギリギリまで、第1部長と八嶋香織の話にひそひそと興じるようだった。

 女子更衣室の扉を閉めると、不穏な会話は完全に聞こえなくなり、廊下を歩く人間の足音だけが時おり響いていた。美紗は、二、三歩ほど歩きかけ、立ち止まった。急に目まいのようなものを感じた。