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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅵ

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(第六章)ブルーラグーンの戸惑い(5)-きらびやかな蝶①



 その週は、一日も晴れることなく過ぎていった。金曜日も、都会の街は、どんよりとした梅雨空に重苦しく包まれていた。

「あーっ、日垣1佐、もう出ちゃってる?」
 聞きなれない声に話しかけられ、美紗は自分が少しぼんやりしていたことに気付いた。それを悟られないように、愛想笑いを浮かべて声のしたほうを見上げると、書類を手にした3等空佐が立っていた。
 部長室に一番近い場所にある直轄チームの末席に座る美紗は、第1部長の指導を受けにくる佐官たちに、日垣の所在を尋ねられることが多かった。美紗のほうもそれを承知で、在席中はなるべく第1部長の出入りに気を配るようにしていたのだが、この数日間は、意図してその姿を追わないようにしていた。彼を見れば、余計な事を考えてしまう。
「大使館行き、五時半発だったっけ。今日中に入れたい話だったんだけどなあ」
 四十手前と思しきその3等空佐は、顔をしかめて壁掛け時計のほうに目をやった。すでに、五時半をすこし回っている。美紗は立ちあがると、第1部長室ではなく、総務課のほうを見た。珍しくフェミニンなデザインの明るい色のスーツを着た吉谷綾子が、すっかり帰り支度を整えて、総務課長と何か話していた。
「まだ、いらっしゃるとは思うんですけど……」
 美紗の言葉が終わらないうちに、出入り口のドアを開錠する電子音が聞こえ、水色の長袖シャツにネクタイ姿の日垣が慌ただしく中に入ってきた。彼は、美紗の横に立つ3等空佐にすぐに気付き、急ぎらしい書類に目を通しながら、
「鈴置さん、悪いけど、机の上に上着を置いてあるから、持ってきてくれる?」
 と言った。美紗は、胸の中を飛び回る何かを押さえつけながら、第1部長室へ走っていった。中に入ると、大きな執務机の上に、濃紺の制服の上着が無造作に置いてあった。その横には、在京フランス大使館からの招待状が入った封筒もあった。大きな上着を抱え、封筒を手に取って部屋出ると、日垣が先ほどの書類にサインをしているところだった。
「これで取りあえず進めていい。添付資料のほうは後で読ませてもらうから、コピーを部屋に入れておいてくれ。八時頃には戻って来る」
 3等空佐は「了解です」と答えると、バタバタと去っていった。彼と入れ替わりに、吉谷が近づいてきた。