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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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「ほんで、どないしますのん?」
「私たちなんか怖くないって言ってるように聞こえるわね」
「いやー、正直小便ちびりそうですわ」
 葵は両手を腰に当てて空を見上げた体勢のままだ。
「減らず口を……!!」
「だってそうやない? ナイトスコープ着けたスナイパーに狙われてるんやから」
「さすが、ね。そこまで分かっているのなら、観念なさい」
「ウチは魔性にたぶらかされたーいうトコなんかな?」
「そうね。可哀想だけど、あなたの出番はここまでよ」
「ちょい待ち」
 葵は声だけで背後の刺客を制してみせる。
「依頼主は、おらへんのか?」
「それは安心して。あなたを始末するためだけの計画よ」
「そか。依頼主はおらへんのか」
 葵は、にっと白い歯を見せて笑った。
 ……が、カリフォルニアの太陽にも引けを取らない輝きは、すぐになりを潜めてしまう。
「編入試験対策のために、毎日毎日打ち付ける荒波に向かって素振りしたあの特訓は何やったんや……」
「……よく編入できたわね」
「駄猫! いまや!」
 刺客の気が緩んだ瞬間に、葵が叫ぶ。
「!?」
 驚いたのは、駄猫と称された化け猫である。
 きょとんとした顔で、刺客と見詰め合うこと数瞬。
「しまった!」
 その隙に、葵は脱兎の如く走り出していた。
「逃げられたわ! お願い!」
 待機している狙撃手へ通信が飛ぶ。
 テーブル上に鎮座する化け猫は、それを静観していた。
「守ったり助けたりしないのね」
 所詮は魔性と蔑む物言いには、相手を卑下することで自身の尊厳を守り、またそれを自認する意味合いが含まれていて、言い換えればそれは自己満足と呼んでも差し支えないものだ。
「あぁは見えても、葵は菲薄な行動を取りはせぬのである。単独でこの場を去ったのであるならば、吾輩の手を借りずとも独力で解決する妙策があるのであろう」
「あなたを残して逃げただけかもよ?」
「確かに吾輩を残したのは意図的であろう」
 化け猫は葵が走り去った方向に広がる闇を見やった。
「ほら、見なさい。命を掛けて魔性を庇う人間なんていやしない」
「魔性に嫌悪の念を抱くは何ゆえであろう? 差し支えなければ、吾輩に説いて聞かせて欲しいと切に願うのである」
「なめられたものね!!」
 淡く光る刃が返り、化け猫は両の眼を閉じてそれを受けた。

 *  *  *

 右も左も赤一色に染まった視界。
 灼けた空気がこれでもかと咽を締め付け、呼吸と思考とを根こそぎ奪い去る。
 幼い少女には、ただひたすらに泣くことしかできない。

 そんな少女にも、“それ”はパチパチと足音を立ててにじり寄る。
 微塵の揺らぎも見せることなく浮かび上がる死の一文字。それはすべての生きとし生けるものに対し、絶対の平等をもたらすもの。
 少女の両親は、黒魔術に魅せられ、取り込まれ、飲み込まれた。
 異なるものを生み出し、そしてそれに焼かれた。

 気を失った少女は、病院で目を覚ました。
 父と母は灰になっていた。

 少女は魔性を認めない。
 認めてしまえば、父と母は自ら望んで魔性を生み出したことになる。だから頑として認めない。認められない。
 父と母は魔性に負けたのだ。弱かったから負けたのだ。
 そうでなければ、父と母に望まれて生まれてきた自分と魔性とが同列になってしまう。
 魔性の存在が父と母をたぶらかしたのだ。
 父と母は悪くない。ただ弱かっただけだ。

 ―― 少女は魔性を認めない。

 これは過去の出来事。
 破魔刀が化け猫に伝えた、魔性が引き起こした惨劇の結末。

 少女は父と母を愛していた。父と母に愛されていた。

 少女は父と母を守るため、すべてを魔性のせいにした。
 少女は自分を守るため、すべてを魔性のせいにした。

 *  *  *

「魔性とは、何であろうな?」
 化け猫は静かに語り掛ける。
 白と黒の毛を赤く染めるはずの刃は、間違いなく目標に埋め込まれているというのに、夢か現か何の手応えもなく、しかしどれだけ力を込めてもピクリともしない。
「刀も汝の身に起きた悲劇を愁い、そして嘆いておるのである」
「この刀が?」
「訊ねてみるが良い」
「バカにしてるの?」
「万事を試すは愚行なれど、試さぬは愚に如かず」
 『すべてを試そうとするのは愚かな行動だが、試そうともしないのは愚かであることにも劣っている』という意味だ。この後には、『真に愚かなのは結果を学ばないことだ』という意味の言葉が続く。

 するりと抜けた短刀は、温かな光を放っていた。長年連れ添った愛刀が放つ光の意味を履き違えることはない。

「かつて、吾輩は変化に怯え、己の暗愚から目を逸らすことで自らを守っていた。そうして、取り返しのつかぬ過ちを繰り返すところであったのである。吾輩は自身の間違いに気付き、自身が魔性を帯びた存在であると認め、それの事実をそれとして受け入れたのである。さりとて未だ自身の魔性を御するには至らず、有り内な飼われ猫に戻れる日を夢見続けておるのである」
 化け猫は言う。誰の中にも魔性は存在するのだと。

「だから何!?」
「汝が失ったものは、現世(うつしよ)に在る魔性のすべてを滅すれば、その手に取り戻せるのであろうか?」
 化け猫は淡々と述べる。
「汝は、自身に向けられていた愛に懸念を抱いたのではあるまいか? 故に、懸念を抱く要因となった魔性を忌み嫌い、存在を消そうとしておるのではないか? されど、生あるすべてものは魔性を抱き、世の万物に魔性は宿る。あらゆる魔性を滅すことは不可能であり、成し得ぬ幻想は徒労を生むだけなのである」
「そんなこと……」
 『分かっている』という言葉を続けられずに、その場に座り込み声を押し殺し泣く。
「なぉーーーん」
 その鼻先で一度だけ鳴いた化け猫は、何を想っていただろうか。

 やがて辺りに静寂が戻る。
「私は、知らぬ間に魔性に囚われていたのね」
「だが汝は気付くに至った」
 化け猫は、すい、と立ち上がった。
「どこへ行くの?」
「これからもう一人の相手をせねばならぬ故」
 そう言い残し、化け猫は夜の闇に姿を消していった。