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拝み屋 葵 【参】 ― 西海岸編 ―

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(二) 魔 性


「…イ、アオイ、聞いてるの?」
 自身を呼ぶ声に、葵は手にした一輪の薔薇から視線を外した。
「返事がないから勝手に入ったわよ」
 夕陽に染まる室内に、はっきりとしたウェーブヘアが揺れる。
 葵は部屋を訪れた人物に見覚えはなかったが、別段敵意を感じなかったので、立ち上がって椅子を譲り、自分はベッドに腰掛けた。
「それはすんまへんなぁ」
 UCLAの敷地内には、ウェイバーン(Weyburn)と呼ばれる学生寮がある。白い壁と赤い屋根の綺麗な建物で、三階から五階建てとなっている。表向きは留学生ということになっている葵は、その学生寮に入寮したというわけだ。
「あら、綺麗な薔薇ね」
「頂きもんやねん」
「分かった、マックスでしょ? アイツ、東洋人を見ると手当たり次第に声を掛けるのよ。先月なんて、ほら、すぐそこに美術館あるでしょ? 縞々の建物。あそこでコリアンをナンパして投げ飛ばされていたわ、笑っちゃうでしょ? あら、チャイニーズだったかしら? とにかく、マックスは東洋人相手に見境ないのよ。本気にしたらダメよ?」
「ナンパ男なんて相手にせぇへんさかい」
「薔薇の花なんか受け取っておいてよく言うわ」
「これはそんなんとちゃいますねん」
「だったら何?」
「これは“青年の純情”なんですわ」
 葵は深緑の葉を撫でながら、にっと白い歯を見せて笑った。
「ますます分からないわ」
「ところで、どちらさんですやろか?」
「え? あぁ、自己紹介してなかったわね。私はマリオン。ここの寮長をやっているの」
「寮長はんでしたか、一つ、よろしゅうたのんます」
 葵はマリオンが握手を求めて差し出した右手を受け止めた。
「こちらこそ。今日はごめんなさいね。あなたの入寮に立ち会えなくて。私がいろいろと案内をしなければならなかったのに」
「ウチやったら構いまへん。そないに気を使わんといてください。ウチの方が神経すり減らしてしまいますによって。それより、ウチみたいな新参が一人部屋でえぇんやろか?」
 マリオンの顔が凍りついた一瞬を見逃す葵ではない。
「荷物を移動させるのが面倒なのよ。話は変わるけど、アオイはイギリス英語を話すのね」
「そーなんですわ。ウチはいま、英語で会話しとんねんで」
「誰に言ってるの?」
「いや、大人の事情ですによって」
「にしても独特の訛りがある気がするのよねぇ」
 今回の依頼を遂行するために、留学生として学内に入り込む必要があった。だが、州立大学において“全米ナンバーワン”の入学難度を誇るUCLAへの多国籍生の編入学は容易なことではない。加えて、UCLAは州立大学であるため、カリフォルニア州民学生の入学を優先させる傾向がある。
 内部には協力者(依頼者)がいるのだが、それはごく一部でしかないために、真っ向から編入試験を受けるという力技を押し通す必要があったのだ。
 葵が血反吐を吐くほどの努力を強制されたことは言うまでもないだろう。

「にゃー」
「にゃーやあらへん」
「む、そうであるか」
「そーやー」
「しかし、この界隈には猫の子一匹おらぬのであるな」
「そーやー」
「葵よ、聞いておるのか?」
「そーやー」
「沖縄料理の必需品」
「ゴーヤー」
「……」
「……」

 UCLAの敷地内に設置されているテラスの一席で、葵はぼんやりと佇んでいた。
 辺りは夜の帳に包まれている。
 太陽が姿を隠したカリフォルニアの夜は、太平洋から吹き込む潮風によって気温が下がる。だが今夜の風は、ただただ湿気を運んで来るだけであった。
 マリオンが部屋を去ったあと、昼間にサーティワン・アイスクリームの店で受け取った連絡用の携帯電話が鳴り、依頼人と面会する時間と場所の連絡を受けた。
 葵の傍らにいるのは、八百五十年という永きを生きた仙狸(せんり)と呼ばれる化け猫であり、葵のパートナーでもある。ちなみに♂である。

「昼間に会った男のことを考えておるのではないか?」
「……」 葵は何も答えない。
 沈黙は負の肯定となる。
 それを知らぬ葵ではないが、違うと否定する純情も、そうだと肯定するふてぶてしさも、葵はどちらも持ち合わせていなかった。
「人間の情を理解しておらぬ吾輩が偉そうに講釈すべき事案ではないとは思うのであるが……」
 白と黒の毛で体表を覆った化け猫は、『情を理解していない』と自身を評しながらも、葵を傷つけぬ方法を模索する優しさを見せ、ようやく見つけた忠告という方法のその最中に芽生えた『やはり傷つけてしまうのではないか』という憂慮によって、語尾を濁すに至ったのであった。
「おおきに」
 葵は、自身を見上げ続ける化け猫の耳の裏を、一度だけ撫でた。

 *  *  *

 時計の針が、約束の時間である二十三時を指し示す。
 寮生たちが迫り来る月曜日に向けて取る行動は、明日に備えて早々とベッドに潜り込むか、今日を惜しんで騒ぎ明かすかのどちらかとなる。
 葵は、次々と消えてゆく寮の明かりを遠目に見ながら、真逆の方向に意識を飛ばす。
「こんな夜更けに乙女を呼び出すのんは、非常識やと思うで?」
「…っ!?」
 葵の背後から忍び寄っていた人影は、自身の接近が感知されていたことに驚き、慌てて身構える。その右手には二十センチ程の抜き身の短刀が握られており、刀身が放つほのかな青い光は、破魔刀であることを主張している。

「む、吾輩を狙った刺客であったか」
 すい、と飛び上がった化け猫は、テラスのテーブル上に着地して臨戦態勢に移行する。といっても、ただ身構えているだけであり、それは一般のネコ科と同じである。もし仮に、この化け猫が本気で臨戦態勢に移行した場合、周囲の空気が一瞬にして腐るという現象が発生する。その“周囲”が指し示す範囲がどの程度の規模なのかは、判明する日が来ないことを祈るばかりである。

「アオイ・サンノミヤ、なぜ魔性と行動を共にしている!?」
「せやから、『ややこしゅうなる』言うたやんけ」
 刺客の正体は、昼間にUCLAの敷地内で接触した連絡員。
 葵は両手を腰にやり、ゆっくりと夜空を見上げた。その様子を見た魔性は、早々と警戒を解いてテーブル上に鎮座する。
「お師匠はんもなぁ…こーなるん分かってて『連れてけ』言わはるんやもんなぁ」
「あの男の考えそうなことではある」

 実は、葵が所属する組織は一枚岩ではなく、魔性に対する方針や考え方の違いによって大きく二分されている。組織という呼称が相応しいものかどうかはとりあえず措くとする。
 一つは完全なる根絶を目指す者たち。
 魔性の存在が人間の心を惑わすという理念に従って、魔性を根絶すれば人の心が闇に落ちることはないと展開し、人に使役されていない魔性の存在を認めていない。
 もう一つは調和を目指す者たち。
 魔性は人の心から生まれ、魔性の存在は己の闇と向き合うきっかけとなり、人はそれを乗り越えることで成長してゆくのだとしている。
 言うまでもないが、葵は後者である。