小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

切れない鋏(番外編)9.紗弥の章 ハロー、ブルーバード

INDEX|1ページ/6ページ|

次のページ
 

9.紗弥の章 ハロー、ブルーバード



 明日、紗弥は人生一番のハレの日を迎える。

 それなのに心はどんよりと重くて、鏡の中の自分はじつに不細工な顔をしている。ただでさえでも人前にさらされるのが嫌なのに、顔全体を覆っている黒髪をまとめ上げ、眼鏡もはずさないといけない。

 長年愛用している銀縁眼鏡は、もはや顔の一部だ。先日、周りに押し切られて人生初のコンタクトレンズを入れた時、紗弥は大人になった自分の素顔を初めて見た。私はこんな顔をしていたのかと実に感慨深かったが、同時にこんなもの人前に出すべきではないとも思った。

 だいたい、新郎の綿谷は眼鏡をかけたままなのだ。髪型だっていつもと同じ平凡な黒髪で、衣装合わせも一瞬で済んでしまった。世の女性が人生の大舞台で着飾りたい気持ちはわからないでもないが、やはり自分に必要なものではないと思ってしまう。

 洗面所でひとり百面相をしていると、玄関で物音がした。あわてて眼鏡をかけた瞬間、視界が凝縮した。コンタクトレンズを入れたままだったようで、目眩がおきる。

「紗弥ちゃーん、お店に行く時間、過ぎてるんじゃないの?」

 靴をはいたままの小雪が声をかけてくる。薄茶色の髪と瞳を持つ、花の精のように可愛らしい妹。彼女が結婚するとき、どんなに美しいことだろうと夢想していたのに、まさか自分が先に挙式を上げることになるとは思ってもいなかった。
 紗弥は大急ぎでコンタクトレンズをはずすと、銀縁眼鏡をかけなおして息を吐いた。やはりこちらの方が、よっぽど似合っている。

「さっき仕事から戻ったばかりなの。せかさないでよ」
「今日はお休みとったんじゃなかったの?」
「スタッフの子供が急病で人手が足りなくなって、かり出されたのよ」

 洗面所から顔を出してそう言うと、小雪はため息をついていた。なぜか責められている気がして、紗弥は目をそらす。

 大学卒業以来、紗弥は薬剤師として調剤薬局に勤めている。朝、薬局に出勤後、昼間は在宅ケアが必要な患者の家を周り、夕方はまた薬局に戻って仕事に忙殺される。
 母が同じ仕事をしていることもあって覚悟の上での就職だったし、黙々と薬を調合することは自分の性にあっている。妹の小雪は大学時代にレストランで接客のアルバイトをしていたが、無愛想な自分にはとても務まるものではないと感心していた。

 綿谷からプロポーズされたとき、一番の懸念はそこにあった。

 古い商店街でジャズ喫茶『ブラックバード』の店長をしている綿谷は、素晴らしく愛想がいい。生まれ持ったものなのか、訓練の賜物なのかは知らないが、いついっても穏やかな笑みを絶やさない。その上、聞き上手な彼は、カウンターの中で作業しながらいつも紗弥の話を聞いてくれる。どんなくだらない話や仕事の愚痴でも彼は感心するようにうなずいてくれて、少しずつ心がときほぐされる心地がしていた。

 綿谷と結婚すれば、いずれ自分がその立場に回らないといけない。

 接客どころか料理もまともにできない。喫茶店の嫁として使い物にならない自分と結婚しても何の得もない、と綿谷に告げたが、「薬剤師の仕事を続けてほしい」と軽く返されてしまった。「結婚するからって無理に合わせることはないよ」と彼は言ってくれたが、じゃあ結婚ってなんなのだろうと紗弥は考えてしまう。

 ふと気づくと目の前に怖い顔をした小雪が立っていて、たじろいでしまった。

「明日の主役は紗弥ちゃんなんだよ。いいかげん覚悟決めてよ」
「私は松の木の役で十分満足よ」
「また変なこと言う。衣装合わせの時すっごくきれいだったんだから自信持ってよ」

 そう言って小雪が携帯電話の画面に写真を出そうとしたので、紗弥はあわてて静止した。

「そんなの見たくない」
「まったくもう……お店に連れて行かないと私が怒られるんだから、早く準備してよね」

 そう言って小雪は肩をいからせる。子供の頃は素直で可愛くていつもうしろをついてきていたのに、結婚式に関しては彼女の方が上手で、太刀打ちできない。

 明日は親族同席のもとで挙式を上げたあと、『ブラックバード』でお披露目パーティをすることになっている。入籍だけでいいと言った紗弥に対し、綿谷は紗弥の両親にドレス姿を見せたいと望んだ。彼の母親は十年以上前に他界し、大学卒業後に父親も病死している。

 ウェンディングドレスなんて着ないと言った時の彼は、どこか悲しそうだった。紗弥は、披露宴は絶対にやらないという条件を出し、挙式の予約をした。

 今夜は店でお披露目パーティの流れを最終確認することになっている。
 幹事は武を含む紗弥の同期生たちで、すでに店に集まっているはずだ。

 武がいる場での結婚式の打ち合わせ――想像しただけで、気が滅入ってくる。

「ごめんなさい、まだ家にいるんです。すぐ連れて行きます」

 いつの間にか小雪が電話で話している。結婚式前夜に紗弥が逃亡するのではと疑いを持っている同期生たちは小雪を見張り役に抜擢した。「紗弥の様子がおかしかったら連絡しろ」と、それこそおかしなミッションを与えられた彼女は、忠実に役割を果たしている。

 逃げ出すなんて無様な真似はしない、けれど明日はこなくてもいい――

 こっそり二階に上がろうとすると、すかさず小雪が腕をつかんできた。白い歯を見せてにっこりと笑う最愛の妹。あなたが着た方がドレスもよっぽど嬉しいことだろうと考えながら、紗弥は玄関の方に押し出されていった。



 小雪が運転する車に乗せられて『ブラックバード』に行ったものの、武は来ていなかった。

 拍子抜けした紗弥は、息を吐きながらいつものカウンター席に座る。店は十六時に閉店して、明日も一日貸切になっている。どうやら厨房ではまだ試作をやっているらしく、肉の焼けるいい匂いが漂ってくる。

 テーブル席で同期生たちが盛り上がっているのを背に、そういえば夕食がまだだったと空腹を感じる。厨房から姿を見せた綿谷は、いつもと同じ黒いサロンを身に着けていた。

「浮かない顔をしてるね」

 ランチに来た時と同じ調子で水を差しだす。余裕のある表情に、自分一人がきりきり舞いをしている気がして、紗弥はふいと顔をそむける。

「……やっぱりやめた方がいいと思います」

 うしろにいる同期生たちに聞こえないよう、小さくそうつぶやく。
 綿谷はグラスを磨きながら、囁くように言う。

「マリッジブルーってやつかい?」
「……結婚しても、私はあなたの役には立てないから」

 ずっと頭の中で渦巻いていた言葉が、口からこぼれる。この後に及んでこんなことを言う自分に、いいかげん愛想を尽かしているだろうと思うと、顔も見られない。

 すると香ばしい肉汁の香りが鼻先をかすめた。思わず顔を上げると、目の前にステーキ用の鉄板が置かれていた。数種類のステーキ肉とソースが用意されている。

「厨房のスタッフがまだ納得いかないみたいなんだ。君が言ったとおりソースを三種類用意したんだけど、どうかな」

 そう言ってカラトリーを並べ始める。なんだか話をそらされていると思ったが、空腹には勝てず、紗弥は素直にフォークを手にした。