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お蔵出し短編集

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「それは、大変だな」



オレが言えたことは、そんなことだった。
「それだけ?」
その子が尋ね返す。
「やっぱり、びっくりした方が良かったのか?なら、うわあ」
「・・・ソレ、全然びっくりしてないし。っていうか、むしろ、引いてるっぽいんだけど」
その子が不満げに口をとがらせる。
「すまん。嘘が昔から下手なもんで」
そして、その子は見るでもなく手にしていたメニューをぱたんと閉じた。
「ボクが助けてって言ったのは」
そこ子がうつむき加減になって、言った。
「食べ物が、つまり、血が欲しくてじゃないんだ」
そして、そっと呟いた。



「おじさんに、ボクが死ぬまで、ボクを支えて欲しくて」



「無理だ」
即答する。
「人間一人を死ぬまで支えるような財力はオレにはない。精々ファミレス一回をおごるのが関の山だ。食ったら、帰れ。親御さんが心配してるぞ」
オレはそう思っていたことを口にした。
「そういうことじゃなくて・・・っていうか、まだ信じてないんだよね?」
「おまえが吸血鬼だとか言うことか?」
オレはそう言ってその子の目の前からメニューを取り上げた。
中身をパラパラと見る。
手元のコールボタンを押す。
すると中年女性の店員が、すぐに愛想笑いをしながらやって来た。
「フライドポテトを二つ。ドリンクバーもつけて。オレにはビールも1杯」
店員は愛想良く手にしていた電子端末を操作し、注文を繰り返した。
オレがうなずくと、店員はそのままきびすを返した。
「厨二病ってのは、多かれ少なかれ誰にもでもあるもんさ」
オレはそう言って自分がこの子くらいだった頃のことを考えた。
世界の終わりや、陰謀論なんてモノを信じる感じの悪いガキだった。
それからしばらくオレたちは無言だった。
やがて、オレたちに注文をとった店員がフライドポテトを二皿運んできた。
オレはビールを一口飲んで、ポテトをつまみ、熱々のやつを一本口に運んだ。
「食えよ。腹は減ってるんだろう。顔を見れば、それくらいは分かる」
食わないかもな、と思ったオレの考えを裏切り、その子はそっと手を伸ばして、うつむいたままオレと同じように熱々のポテトをかじった。
「旨いか?」
返事はないだろうなと思いながら、オレは尋ねた。
「・・・案外、おいしいね」
その子はこれまた意に反し、ぼそりと答えた。
思いの外素直なヤツなのかも知れない。
「ボクは、諦めるよ。おじさんならと思ったんだけど、仕方がないよね」
その子はそんなことを呟いた。
「何のことだ?」
「ボクを看取ってもらうことさ。おじさん、優しい人だって思ったから、お願いしてみようと思ったんだ」
その子はそう言う。
「面白いことを言うね。初対面の人間の性格が分かるのか?」
オレは聞き返した。
すると、
「分かるよ」
その子はさらりとそう答えた。
「だって、そうでもなきゃ誰も無関心で見つけもしなかったボクのことなんて気にしないだろうし、ファミレスになんて連れてこないよね」
生意気なことを言うヤツだ、とオレは思った。
「おじさん、傷ついてるでしょ」
さらに、さらりとそんなことをこの子は言う。
「なんで分かるんだ。その通りだけど、ファミレスとは関係ないことだぞ」
「人間、弱っているときほどもっと弱いモノに優しくしたくなるもんじゃない?おじさん、それにとっても悲しそうな眼をしてる」
オレは言葉が継げず、ぐっと息を飲み込む。
「おまえ、やるね」
オレはしてやられたことに、素直に少しだけ賞賛の言葉を告げる。
へへ、とその子が笑う。
知り合ってから、それが初めて見たその子の笑顔だった。
「でも、オレはおじさんじゃない。まだ27だ」
しかししてやられたことに少し悔しさを感じ、オレはそう言う。
「それなら十分おじさんだよ。ボクの倍近い歳だもん」
その子はオレのプライドをかけた台詞にあっさりとそんな言葉を返す。
・・・リアル厨二病か・・・。
なら、仕方がない。
少しだけつきあってやって、それから家に電話をしよう。
オレはそう決めて、また一口ビールを飲んだ。
「おまえが吸血鬼だとして」
オレがそう切り出した瞬間、その子の顔が目に見えてぱっと明るく輝いた。
「・・・何だ?」
オレが言葉を切ると、その子は照れくさそうに俯いた。
「・・・認めて、くれるの?」
オレは大仰にうなずいた。
この際、手品用コンタクトレンズやマギー何とかの耳みたいな『大っきくなっちゃった』犬歯のことはさておくことにした。
「今まで食事は、血はどうしてたんだ?」
「飲んでたよ」
あっさりとその子はそう答えた。
「いや、そうじゃなくて、どうやって入手してたのかってことで」
オレが焦点のずれた質問を元に戻そうとする。
「お母さんが手に入れてくれてたんだ。お母さんは看護師で、病院で働いていたからね。大概は輸血用パックだよ」
その子はあっさりとそう答えた。
「しかし、普通に入手するのは難しいだろ?いつもいつも輸血用パックがなくなるんじゃ、おまえのお母さんはすぐに疑われるぞ」
「いつもいつも血を飲む訳じゃないからね」
その子はそう答えた。
「血を飲むのは、2ヶ月に一度で良いんだ。飲むのもボクとお父さんだけだからね。量もそんなにいっぱい要らないし。でも、飲まないと死んじゃう。それがネックなんだよね」
「おまえとお父さんだけ?」
そのこの言葉にふと尋ねる。
「あ、お母さんは人間だから」
その子はそう答えた。
「・・・いろいろ複雑だな」
オレはそう感想を漏らす。
「だよね」
その子はそう呟いて、またポテトを一本口に運んだ。
「それでもお母さんは気を遣って、例えば手術の患者さんがいた時なんかに流れ出た血を集めてくれたりもしてたんだよ。パックの管理も結構厳重らしいし。でも、血って割と不純でさ。病気の元なんかがあったりもするんだ。感染症患者の血なんて飲むわけにも行かないし、だからカルテなんかで患者の病気を確認して、問題がないときで、手術に立ち会えて・・・ってハードルも結構高いんだ」
言いながら、その子の表情が暗くなるのが分かった。
「眠る誰かの首筋に牙を、みたいなことはないのか?」
オレがそう尋ねる。
「あるわけないよ。今も言ったじゃん。今日日誰の血でもかまわず吸ってたら、あっという間に病気になっちゃうよ。それに知らないの?ボクたちに血を吸われたら、その人も吸血鬼になっちゃうんだよ?」
真顔でその子は言う。
「いや、だから血を吸ってたら仲間がどんどん増えて、現実には吸血鬼なんてねずみ算的に人類を凌駕するんじゃないのか?」
オレがそう言うと、その子はため息をついた。
「そんなことボクたちは望んじゃいない」
そしてまた一口ポテトをかじる。
「ボクたちがねずみ算的に増えるんなら、裏返せばボクたちの食料なんてあっという間になくなるってことさ。だからボクたちは日陰で暮らさなきゃいけない。増えすぎちゃいけない。だから、ルールがあるんだ」
「ルール?」
そのこの言葉にオレが聞き返す。
「うん。ルール。例えば、吸血鬼は人の血を吸っちゃいけない」
その子はきっぱりとそう言った。
「いきなり吸血鬼の存在意義をひっくり返すルールだな」
オレはそう呟いた。
作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名