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お蔵出し短編集

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「だから、血を飲めば生きられるんだよボクたちは。血を『吸う』必要なんてない。血を吸われた人間が吸血鬼になることには、たぶん、唾液だかなんだかが人間の血に混じるのがいけないんじゃないかって昔考えたご先祖様がいてさ。それから血を吸わずにボクらは生きてる」
その子はそんな風に答えた。
「そして、無法者は殺さなくちゃいけない。むやみやたらに仲間を増やしたがるような『親戚』がいたりしちゃ困るからね。そして、同族とは結婚できない。これは、なぜかボクたちにはボクたちだけじゃ子供が出来ないかららしいんだ。これは、ボクにはまだよく分からないけど」
「ふむ、それで?」
「他には、結婚は一度だけで、口の堅い相手でないといけないとか」
「口の堅い、は分かるけど一度だけって言うのは?」
「これも簡単だよ。ボクらが離婚するときには、相手を殺さなくちゃいけないんだ。秘密を守るためにね。だから、そんな悲劇を、責任を負うのは一度こっきりにしなくちゃいけないって言うことなんだ」
淡々とその子は言う。
「一度に飲む血の量は?」
オレが尋ねると、その子はふと席を立った。
歩いて行く。
ドリンクバーで白いマグカップを手にしたその子は、カプチーノを一杯煎れたようだった。
まっすぐ自分の席に、オレの向かいに戻ってくる。
そして小さなマグカップに半分ほど入れられたカプチーノをオレに見せた。
「こんなものだよ」
「ずいぶん少ないな」
「だから生きてこられたんだ」
その子はそう答え、カプチーノに口をつけた。
「でも、ボクはもう嫌だ」
その子はそう呟いた。
「もう生きてなんていたくない。血なんて一滴も飲みたくない。だって、こんなの変だよ。気持ちが悪い。ボクは、ボクはただ」
そしてその子は、
どこまでも墜ちていきたいとばかりに、
深く深く俯いて、
「人間に、普通の人間に、生まれたかった」
そう、囁くように、
身を切るような言葉を、
吐き出した。
「何か、あったのか」
オレはその子に尋ねていた。
「学校のね、友達を見てて」
その子は、そこで一度言葉を句切り、
「血が吸いたくなったんだ」
―――続けた。
「我慢できなくなってボクは飛び出した。血が吸いたくてじゃないよ。友達を見て、その体に、咬み付きたいと思った自分に我慢が出来なくなったんだ」
その子はどこまでも沈鬱な面持ちだった。
オレはビールを一口グビリと飲んだ。
そしてポテトにまた手を伸ばす。
これは本当かも知れない。
吸血鬼云々はこいつの「設定」だとしても、この衝動を感じた事件は本当なのかも知れない。
直感的にだが、オレはそう思った。
黙り込んだまま、オレの目の前でこいつはいつまでも俯いたままだった。
―――熱々のポテトが、冷めてしまう。
オレは目の前のぬるくなり始めたビールを一気にあおった。
そしてすくっと席を立つ。
「出ようか、若人よ」
オレがそう言うと、その子はぽかんとオレを見上げた。
「青春の悩み事の相談は、昔から公園でと相場が決まってる。幸い、この繁華街を越えて少し行けば公園がある。行かない手はないだろう?」
その子はふと眉根を寄せた。
「取って食いやしないよ、今更。そもそもオレについてきたんなら、最後まで付き合え」
そしてオレはその子に手を伸ばした。
「うん」
うなずいて、その子が小柄な手をオレの手に重ねる。
その手は『吸血鬼』と、伝説で『生きる死人』と言うにはあまりにも暖かかった。


作品名:お蔵出し短編集 作家名:匿川 名