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幻燈館殺人事件  前篇

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「ふぅ、全く警部さんにも参るな……」
「でも警部さん自身、花明さんが犯人というのはどこか腑に落ちない物もあるように見えます」
「だといいんですけどね……そう言えば、事件以来大河さんにはまだ一度も会えていないのですが、まだ無理でしょうかね?」
「どうでしょうか……。当主さまの悲しみはとても深いご様子なので……。一度お部屋の前にだけでも行ってみますか?」
「はい、お願いしても良いですか?」
「畏まりました。ご案内いたします」
 もうこのやりとりも何度目かという程に繰り返している。しかしこの定番ともいえるやりとりに、花明はほっとするものを感じつつあった。自分の要望に必ず添うような反応を示してくれる柏原は、花明にとってこの幻燈館という特異な空間におけるオアシスのような存在になりつつある。

 大河の部屋は怜司達の部屋の並びとは正反対の方に位置し、そしてまたその作りも当主らしく非常に重厚な雰囲気を持っていた。扉はミズナラ材で出来ていて、家紋と思われる文様が彫り込まれている。
「おおおおおおおおおおっ!!」
 花明が扉を叩いてみようとしたその瞬間、中から低い呻きにも似た雄たけびが廊下まで響き渡った。
「このご様子ではお話を聞く事など出来そうにないですね」
 柏原が声を掛けるまでもないと言った様子でそう口にするのを、花明もまた黙って頷いた。
「他へ参りましょうか。当主さまとはもう少し落ち着かれてからお話をされた方が、花明さまにとってもよろしいと思います」
「です、ね」
 溜息交じりにそう返事をする花明の顔に落胆の色が伺える。花明としては大河にも何とかして話を聞いておきたい所ではあった。
「気を取り直して――では怜司さんの部屋へ案内して頂けますか?」
「分かりました。ではこちらへ」
 前を歩く柏原の背中を見ながら、ここで働き始めた頃は屋敷の配置を覚えるだけでも一苦労だったのだろうな、などと思いを馳せていると、怜司の部屋は既に眼前に迫っていた。
「こちらが怜司さまのお部屋になります」
 怜司の部屋の扉の前に立ち、一つ呼吸を整えた花明は意を決したように扉を叩いた。中からすぐに「どうぞ」という返事が返ってきたので、花明はそっと扉を開く。
「警部さん、まだ何か?」
 扉を開けるなり怜司はぶっきらぼうにそう言った。
「警部?」
「……皮肉だよ。分からないのか? どうやら色々嗅ぎまわっているみたいじゃないか。警部というより探偵さんとでもお呼びした方がお気に召して頂けたかな?」
 嘲笑気味にそんな事を怜司が言うので、花明は些かムッとした。だがすぐに自分が代美殺しの犯人候補である事を思い出し、ならばこの怜司の態度も頷けるかと自分を納得させると、努めて冷静な声を出す。
「少しだけお話を伺っても宜しいでしょうか?」
「嫌だと言ったら?」
「…………」
 思わず言葉を失った花明の肩を怜司は軽く叩いた。
「はははっ、冗談だ。あんただって必死なんだからな、犯人ならば罪から逃れる為に、犯人じゃないなら冤罪を免れる為に。どっちにしたってあんたは逃げられない」
 分かっているのなら協力してくれという願いと、冗談なんかやっている場合ではないという恨みを込めた目で、花明がじっと怜司を見つめると怜司は真面目な顔つきになり、花明達を部屋の奥へと誘った。
「で、何が聞きたい?」
 怜司が顎で椅子に座る事を促してきたので、花明がそれに従い着席すると、怜司も同じように椅子に座る。柏原は使用人らしく花明の後ろでじっと立っていたが、花明はそれが何だか申し訳ない心地がした。だがしかし気を取り直して、怜司に話を聞こうと口を開く。
「ではまず昨夜の事をもう一度伺えますか?」
「これはこれは。やはり刑事か探偵か、といった所だな。まぁいい。さっきも言ったが九時過ぎにはここに戻って横になっていた。気分が優れなかったから熟睡は出来ずに、うとうととしていたのだ。そんな状態が続いていたが、一時位に代美が部屋に来た。昨夜はどうにもこうにも体調が悪くて眠りが浅い。結局そのまま横になっていたんだが、明け方に代美が部屋を出て行ったのは気付いていたよ。今思えば、あれは虫の知らせとでもいうべきものだったのかもしれないな。あの時、俺が代美を引きとめていたとしたら――どうなっていただろう、と思わなくもない」
 そう言うと怜司は少しだけ影を帯びて目を伏せた。しかしそれも一瞬の事。すぐに正面を向くと、自嘲気味に小さく笑う。
「最もあいつを引きとめた事なんて、結婚してからただの一度もありはしなかったがな」
「引き止める事をしなかった? いつも?」
「ああそうだ。あいつはいつも朝になると俺の横にはいない。昨日みたいに眠りの浅い夜は、あれが出ていく衣擦れの音が耳に残る」
「どうして代美さんはいつも出て行かれたのですか?」
「知らん。興味もない。ただでさえ女心なんてものは俺達男には分からんのに、それが父親の言うままに結婚した女が相手ではな。理解する気にもならん」
「代美さんの事は、その……愛してはいなかったのですか?」
「世間では恋愛結婚なんてものが騒がれて出しているようだが、こんな田舎のこんな家ではそもそもが――無理な話なんだろうな。母が亡くなってから当主が代美を連れてきて、言われるがままに結婚だ。ほどなくして代美は妊娠してな、実家に戻って千代を出産した。そして帰ってきたら妹まで付いてきた。教育係だというが、笑わせるよ。だがそれも咎めはしなかった。親失格だろうが俺にとってはもっと大切な人間が……」
 思いつめたように怜司が浅く息を吐く。
「……一之瀬桜子さんの事ですか?」
 花明が思い切ってその名を口にすると、怜司は切れ長の目を驚いたように見開いた。
「どうしてその名を……」
「……大切な方だったとか」
「ふん、探偵ごっこの産物か。……ああ、大切だったよ。死んだ妻には悪いが、俺が心から愛しているのは桜子だけだ。今も昔もな」
 桜子の名前を出されて怒るかと思われた怜司だったが、少し不快そうに眉をしかめた後は、懐かしそうに遠くに視線を馳せてみせるだけだった。その態度に安心した花明はもう少し話を聞いてみる事にした。
「五年前、姿を消されたようですが怜司さんには何か理由を話されたのでしょうか?」
「いや、何もなかった。……気づいた時には、いなかった」
「同時期に吉乃さんが何者かに殺害されたとの事ですが……。この二つには何か関係があると考えるのが自然だと思うのですが、そう言った話は出なかったのでしょうか?」
「まさか、桜子が母を殺したとでも言いたいのか?」
「可能性はあると思います」
花明の話に怜司は冷笑で返す。その笑みには多分に蔑みが込められていたが、花明としても怜司の思い人を悪く言っているのだから、これには耐えるしかない。
「それは断じてない。やはり君はただの素人探偵だな」
「なぜそのように言い切れます?」
「桜子と言う人間を知っていれば誰もがそう言うだろうさ。あいつは決して母を殺すような事はしない。出来ない」