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幻燈館殺人事件  前篇

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「代美さまと蝶子さまは仲が良い……とは言えなかったかもしれません。けれど九条家に嫁いだ姉という時点で、普通の姉妹のようにとは参りませんわ。ですから私のような庶民には不仲に見えたとしても、その実は分かりません。それに蝶子さまは千代さまのご教育にはとても熱心ですし」
「蝶子さんは千代ちゃんの教育係として、呼ばれたんでしたよね?」
「はい、そう聞いております」
「ふむ……」
 顎に手をやり花明が何かを考えていると、その背中に小野田警部が言葉を投げてきた。
「何か分かりましたかな?」
 警部の存在を半ば忘れかける程に思案に耽っていた花明は、なんだ居たのかというような顔をしつつも警部の方へと向き直った。
「いえ、特には。……そう言えば」
 警部の方へと顔を向けた瞬間、先程の蝶子との会話が蘇る。彼女の話では怜司には思い人がいたようだった。警部ならばもしかするとその事について何か知っているかもしれない、そう考えた花明は思い切って警部に尋ねてみる事にした。
「警部さんは‘サクラコ’さんという方をご存じですか?」
「サクラコ? それだけでは分かりかねますなぁ」
「この事件に関わる重要人物かもしれないのです。警部さんは九条家とは以前から懇意にしていたご様子ですので、もしかしたらと思ったのですが」
「と、言うと?」
 事件に関わるかもしれないという花明の発言に、警部は片方の眉毛を器用に上げて、興味がある事を示した。その反応に花明は何かを得られる予感を覚えると、蝶子から聞きかじった事を述べる為「実は」と続けた。
「実は代美さんは生前、怜司さんに女性の影を感じていらっしゃったようなのです。寝言でまでその女性の名前を呼ばれていたそうで」
「そうですか……サクラコ、と呼んでいたのですか、怜司さんは」
「はい」
 警部は何かを考えるかのように黙り込んだが、やがてぼそりとした低い声で一人の女性の名を口にした。
「……一之瀬桜子」
「ご存知なのですか?」
 ‘イチノセ サクラコ’――その名は花明に何か新しい物を期待させた。
「怜司さんが名を呼ぶサクラコといえば、それは一之瀬桜子さんしかいませんでしょうな。いやしかし、ふむぅ」
 唸りながら腕を組み、そのまま警部は天井を見上げ何かを考え込むような仕草を見せる。花明はそんな警部に縋りつくかのような勢いで迫った。
「教えて下さい! どんな些細な事でもいいのです。僕は真犯人に何としても辿り着かねばならないのです! でなければ僕は……」
 真剣な面持ちの花明の熱意溢れる態度に、警部も何かしらの責任でも感じたのか、一度だけ頷くと、重い口を開く。
「……分かりました。と言っても私が話せる事は少ないが」
「構いません」
「一之瀬桜子さんと怜司さん――二人は恋仲であったと聞いています。それは仲睦まじかったようで」
「ではどうして怜司さんは代美さんと?」
「一之瀬桜子さんはとてもこの家に見合うような家柄では無かったらしいですな。ただのこの村の農家の娘だったとか。私も実際に彼女を見た事がある訳ではないので、どの程度の家柄だったのか、実のところは分らないのだよ」
「代美さんは違ったと?」
「あなたは若いから知らなくても無理はないのだろうな。奇咲家といえば今でこそ没落してしまっているが、家柄としてはこの九条家にも並ぶ名家ですぞ」
「そうだったのですか……。これは勉強不足でした。では一之瀬桜子さんは家柄の為に添い遂げる事が叶わなかったと?」
「そうだったと聞いていますなぁ。といっても風の噂程度ですが」
「では怜司さんが代美さんと結婚した後、一之瀬さんは?」
「さて、五年前に姿を消して以降、その名をさっぱり聞かなくなりました。いや懐かしい名を耳にした」
「五年前……?」
「や! なに、あくまで噂でして。噂すらも聞かなくなって随分と久しい。私もよくは知りはせんのですよ」
 五年前と聞いて花明は引っかかる物があった。昨夜の会食の際の蝶子の「吉乃さまが亡くなられてから五年……早いものですね」と言う声が、花明の脳内で再現される。そして警部は吉乃も何者かに殺害されたのだと言っていた。二つの発言が頭の中で蘇ると、代美の事件と共に、それらを一之瀬桜子という人間が繋ぐような気になってくるのも当然の事のように思える。
「一之瀬桜子について調べてみる価値はありそうだ」
 花明がそう零すと柏原もつき従うように頷いた。
「では村へと参りましょうか?」
「それはいけませんぞ!」
 廊下へと出ようとした二人を小野田警部が慌てたように制止する。
「いいですか? あなたは目下犯人の最有力候補なのですぞ? 館の外になんぞ行ってそのまま逃亡――」
「しませんよ! するわけがないでしょう! 大体僕が犯人という証拠だって」
「とにかく許すわけにはいかんのです! 疑わしきは逃がさず! というのが私の心情でしてな」
「なんて出鱈目な……」
 思わずそう口にすると花明はがくりと肩の力を落とした。そんな花明を励ますかのように、柏原が口を開く。
「どの道この時期は九利壬津村は   の最中なので皆忙しいのです。まともに取り合って下さる方は少ないと思いますよ」
「そう、なんですか。では話を聞けたとしても川辺さん――ああ、僕が宿を借りている方なのですが、その方から聞けるか聞けないか、その程度という事でしょうか」
「そうなると思います」
 ならば要らぬ疑いをかけられてまで村に行く利点はないと思われたので、花明は大人しく屋敷内での情報収集に勤しむ事にした。
「では僕は他の方々に話を伺いに行きますので、警部さんお話有難うございました」
「いやいや、私もね、もし本当に真犯人という者がいるのなら、見つけ出したいと思っています。あなたが犯人でない事を願っとりますよ」
「……はぁ」
 花明は最早返事をする気力も惜しいとばかりに、溜息を返事代わりとして代美の部屋を出た。