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幻燈館殺人事件  前篇

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「そうでしたか。斎藤さんは話しやすくて優しい方ですから、きっと何かしらのお話が伺えるのではと少し期待していたんです」
「有難うございます」
「それでは次はどうしましょうか?」
「そうですね……もう一度、外を見てもよろしいですか? 警察の方が何も見つけられなかったのですから、何もないかもしれませんが……。別棟も見ておきたいですし」
「分かりました。それではご案内致します」
 柏原はそう返事をすると、花明を玄関へと案内し始めた。

 玄関から外に出ると冷たい空気が花明の肺を満たした。
「外はやっぱり冷えますねぇ」
「屋敷の中は温かいですからね」
 インバネスの襟元を手で合わせると、花明は周囲を見回した。警官達の姿は見当たらず、ただしんとした空気だけが辺りを支配している。
「別棟はどちらに?」
「あちらです。あそこの建物」
 柏原が指さす方を見ると、玄関からおよそ百歩ほどの距離に煉瓦作りの建物が見える。花明と柏原はその建物まで歩くと、その扉の前で立ち止まった。扉は重厚な金属で出来ており、思わず手をかけた花明の右手が冷たさで痺れるような思いがする。めげずにがちゃがちゃと音を立てながら扉を押し引きしてみたが、開く気配はなかった。
「鍵がかかっているのですね」
「はい。休む時も日中も、ここは鍵をかける決まりなんです」
「なるほど。ふむ……やはりここから何の足音や不審な音も出さずに館に行くのは難しそうですねぇ」
「そうですね。私も同僚の誰かが――とは思いたくないので……少しほっとしています」
「分かりました。一応屋敷の周りを一周してみてもよろしいでしょうか?」
「勿論です」
 別棟の扉を見届けると、花明は柏原と共に広大な中庭を歩いて回った。しかし何かしらの痕跡を見つける事は出来なかった。
「寒い中有難うございました。僕はともかく柏原さんが風邪をひいてしまいかねませんね、戻りましょうか」
「私の事ならお気になさらず」
「いえいえ、僕も十分納得がいきましたので」
 花明がそう言うので、そのじつ体が冷え切っていた柏原もそれ以上は何も言わずに、本館へと戻った。
 温かい室内に自然に体から力が抜ける。外の寒さに手も足も固まっていたのだと、改めて自覚するとともに花明はほぅと息を吐いた。
「いかが致しましょうか?」
「……もう一度代美さんの部屋を見ておきたいのですが」
「畏まりました。ご案内いたします」
 昨日から何度となく屋敷の中を移動しているが、まだどこにどの部屋があるのか花明は覚えられていなかった。似たような作りの廊下と扉が多く、調度品も統一感のあるもので整えられているので、どこも同じような印象を与えるのだ。
「犯人は突発的な犯行ではなく、代美さんを狙っていたんだろうか」
 前を歩く柏原に言うでもなく、独り言のように花明が零す。
「だとすればやはり内部の……初めて屋敷に忍び込んだ人間では、まず部屋の区別もつかないし、突発的な犯行であるなら、これだけ多くの部屋がある中から、比較的奥の方に位置する代美さんの部屋まで移動し、そしてまたそこに人が居て……という可能性には、やはり無理が……」
 考えを一度整理する為にブツブツと呟く花明の邪魔をしないように、柏原は黙ったまま彼を導いた。しかしその歩幅は少しだけ速度を落とし、花明への気遣いを見せる。
 そんな柏原の気遣いにも気付かない程に花明が状況整理に没していると、柏原の足が止まった。
「代美さまのお部屋はこちらです」
「あ、ああ、どうも」
 はっと意識が戻り、花明は少しだけ恥ずかしそうに頭を掻いた。何かに没頭すると周りが見えなくなる癖があると、よく教授にも指摘されていたのだ。
 主のいない部屋に向ってノックをし、扉を開けると中には小野田警部と早川巡査がいた。
「おや、誰かと思えば花明さんでしたか」
 小野田警部は突然の訪問者に僅かに驚いた表情をしてみせた。早川巡査は小野田警部の補佐をしていたようで、相変わらず筆記作業に忙しい。
「どうも。もう一度現場を確認しておきたいと思いましてね。警部さん達こそどうされたので?」
「犯人は現場に戻る……といいますからなぁ」
 いきなり犯人呼ばわりをしてきた小野田警部に対しての内心の恨みを隠しながら接した花明に対し、無遠慮にそんな事を当の本人が言うので、今度こそ花明はあからさまに不機嫌そうな顔になった。そんな花明を見て、警部は人懐こそうな笑みを浮かべると、花明の肩を軽く叩いた。
「やや、冗談ですぞ。そのようにムキになられては、逆にこちらとしても反応に困りますな。なに私達ももう一度現場に見落としがないか、確認しにきたのです。犯人が証拠を隠滅してからでは遅いですから」
「全く同感ですね」
 結局のところ自分を疑っているんじゃないか! と思いもしたが、花明は今度は表情には出さず、警部の言葉をさらりと流した。
「もうこちらは全て見終わったので、花明さんの自由に見られて構いませんよ。最も御遺体に手を触れるのだけはご勘弁願いますが」
「分かりました」
 警部の許可も出た所で、改めて花明は室内を見回した。
 赤が好きだったのか、部屋の小物も赤い物が多い。クリスタル製の花瓶には真っ赤な薔薇が活けられたままで、主無い世界で生を保っている様子が実に儚い。部屋の隅には大きな鏡台と衣装箪笥がしつらえてある。さらにその横にはなだらかな曲線を描いた寝台、そこに横たわるのは――死体となった代美。
真っ赤なドレスは昨夜の会食で見たままに鮮やかで、胸に刺さったナイフも含めて一つの芸術作品であるかのように、死してなお彼女は美しかった。髪も化粧も何一つとして乱れる事無く、ただ皮膚だけが色を失って、まるで蝋人形のさながらに無機質な遺体。だが美しくとも他殺体である事に変わりはない。じっくりと観察するというのは気分の良い物ではなかったが、花明は逃げるわけにはいかないので胎を決めた。
「ふむ……」
 一つ頷いた後、花明は改めて代美をじっくりと観察し始めた。
ナイフは正面から刺さっていて、確実に殺すつもりであったのか犯人は顔を見られる事を恐れもしなかった事が伺える。そしてまた正面に立たれる事に何の抵抗もないのは、よほど気を許していた相手だったのか、それとも泥酔によるものか――花明は思案しながら次に寝台横の小卓と鏡台に目を付ける。引き出しの類を全て開けてみるが、中には簡単な化粧道具や日常的に使っていたであろう宝飾品が入っているだけで、おかしな所は何もない。
次いで衣装箪笥に手を掛ける。中には整然と洋風のえもん掛けが並んでいて、その全てに赤色のドレスや夜間着、簡単な羽織もの等が掛かっていた。
「代美さんは本当に赤がお好きだったのですね。こんなにも沢山……全てのえもん掛けに掛けられている」
 感心するかのように唸った花明に、柏原が補足するかのように口を開く。
「代美さまは赤、蝶子さまは青がお好きなんですよ。お二人は性格も色の好みも対称的で……」
「お二人の仲は良かったんですか?」