小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

幻燈館殺人事件  前篇

INDEX|18ページ/42ページ|

次のページ前のページ
 

10




 広間を出ると花明を導くようにして柏原が歩を進める。
「お着物も外套も全て乾いておりますから」
「どうも御手数をおかけ致しました、っとああ、僕が持ちます。すみません持たせてしまって」
 今さらながらに柏原に自分の衣服を持たせたままという事に、花明は申し訳ない気持ちを持った。
「いいえ、どうかお気になさらないで下さい。このままお部屋までお運び致しますわ」
「しかし」
「花明さまはこのお屋敷のお客様、私はこのお屋敷の使用人ですから」
 そう言って柏原が微笑むので、花明は少し逡巡した後、思い切ったように口を開いた。
「……怖くないのですか?」
「何がです?」
「僕は代美さん殺害の容疑者なんですよ? それをまだ客人として扱ってくれるのですか?」
「花明さまは人殺しなんて出来るような方では御座いませんもの」
「出会って間もない僕を信用して下さるのですか?」
「疑われた方が都合がよろしいので?」
「まさか!」
 花明が大袈裟に否定するので、柏原はくつくつとした笑みを堪える事が出来なかった。そんな彼女の様子を見て、花明自身も安堵を覚える。
「私は花明さまのお手伝いをさせて頂くように命じられたのです。どうか私には何もお気遣いなく」
「……分かりました」
 ほう、と息を一つ吐いた頃、丁度二人は花明の客室の前へと辿り着いた。
「ではすみませんが少しお待ちください」
「分かりました」
 断りを入れた花明は一人で客室へと入って行った。昨日とは違い今から着るのは着慣れたいつもの自分の着物。洋服を脱ぎ、綺麗に洗われた着物に袖を通すと、花明は背筋の伸びる思いがした。もう一度自分でも表を確認してみたかったので、インバネスも羽織っておく。
「お待たせしました」
 すっかりいつもの着物姿に戻り、借りていた洋服を柏原へと手渡すと花明は一度伸びをした。
「ふぅ、やっぱり気慣れた物が一番ですね」
 などと言いながら、一つ息を吐く。
「では私は一度こちらを洗濯場の方に持って行きます」
「僕もご一緒します。ほら、一応……単独行動はあまりしない方がいいと思われるので」
「あ……すみません、私ったら」
「いえいえ、僕を疑っていない人がいるのだと、そう思えるだけで嬉しいですから」
 蝶子だけではなく柏原もまた自分を犯人だとは思っていないのだと、花明の足取りは少しだけ軽くなった。

 洗濯場に着くと中では斎藤が仕事をしていた。
「斎藤さん、これもお願い出来ますか?」
 柏原がそう声を掛けると、ぱたぱたとした足音を響かせながら斎藤は二人の元へと駆けよった。
「ああ、昨日花明さまが来てらした物ですね。分かりました、預かります」
 そう言って洋服を受け取ると、斎藤は再び中へと戻って行く。その背中へと花明は声をかけた。
「すみませんが少しお話を聞かせてもらえませんか?」
「……私、ですか?」
「はい。斎藤さんだけでなく全ての方にもう一度色々聞いておきたいのです。このままでは……僕が犯人になってしまいますので」
「そう、ですか」
 斎藤は少し迷いを見せた後、受け取った洋服を洗濯場の隅に置くと改めて花明に向き直った。
「一体なにをお話すればよろしいのでしょう?」
「ご協力感謝します。では柏原さんは少しだけ表に居て頂いてよろしいですか?」
「畏まりました」
 犯人だと警察が名指しした男と二人になるのは、斎藤にとって些か警戒を抱く展開ではあったが、現代階では犯人候補であると同時に蝶子の客人でもある為、無下に断ることも出来ない。だがまた一方では斎藤は元来好奇心の強い気性である為、難なくこの状況を受け入れてもいた。
 柏原が退出したのを見届けると、花明はそっと口を開いた。
「それではもう一度お伺いしますが、昨夜は会食の後、どうなさっていましたか?」
「片付け等を済ませた後は、当直ではありませんでしたので別棟に行き、そこで休みました」
「昨夜は別棟の鍵は村上さんが持っていたとか?」
「そうです。中からは開ける事は出来ません。勝手に出る事は許されていないのです。不便を感じる事はありますけど、いらぬ疑いをかけられるよりはマシだと……皆そう思っていると思います」
「何か疑いを掛けられた事があるのですか?」
「いいえ、そう言った話を聞いた事はありませんが……。けれど……」
「けれど?」
 斎藤は辺りを見回すと小さく声をひそめた。
「ここだけの話なんですけどね、もう少しこちらへ」
 さらに側に来るようにと花明を手招きする。花明がこれは何かあるなと斎藤に近付くと、斎藤は花明の耳元に顔を近づけた。
「当主様は女好き、との噂がありまして……」
「女好き?」
「しっ、声を小さく! 私がこんな事を言っていたなんて知られたら」
「す、すみません」
 花明が小さな声で謝ると、斎藤は納得したように頷いた。
「私が思うに、その、簡単に手を付けられないように――もしくはお手つきになった時に情報を漏れにくくするために、わざわざ別棟に鍵を掛けるなんて事をしているんじゃないかと」
「ふぅむ。盗難防止ではなく?」
「あくまで噂から予想した私の考え、なんですけどね」
「なるほど……」
そこまで話すと、斎藤は花明の耳元に寄せていた顔をそっと離した。接近されやや緊張してい居た花明は「ふむ」といかにもな風で呟くと、再び言葉を続けた。
「九条家の皆さんの人間関係はどうたったのでしょうか? 良好でしたか?」
「そうですねぇ。当主さまは御当主として絶対的な存在ですから、誰も逆らう事は出来ません。若旦那さまと若奥さまは表向きはそうは見えなかったかもしれませんが、仲睦まじかったのじゃないかしら。だって若旦那さまの身の回りの事は全て若奥さまがなさっていたのですもの」
「代美さんが?」
「えぇ、私達は殆ど若旦那さまの為の仕事を申しつけられた事がないんです。千代さまの事も一見放任しているかのように見えますけど、私達のような庶民の感覚とは違うだけで、可愛がっていらっしゃったんだと思います」
「蝶子さんはどうでしょうか?」
「蝶子さまと若旦那さまの仲は余りよろしくない様に感じますね。いつも蝶子さまは若旦那さまと話される時は不機嫌そうで。声も態々不愉快ですと言わんばかりに調子を落として。あからさまというか、なんというか。見るからに合わないといった感じですね。そのせいか姉である若奥さまとの関係も少し冷めたもののように思います」
「ふぅむ」
「……私がお話しできる事はこれ位でしょうか。そうそう、別棟にはちゃんと吾妻さんと狭山さんと三人で戻りましたよ」
「分かりました。お話有難うございました」
「いいえ」
「お仕事の邪魔をしてしまってすみません」
「ふふっ、いいです。私も少し誰かに話したい気分でしたから」
 二人で話したことで警戒心が解けたのか、斎藤はいかにも噂好きそうな顔で悪戯っぽく笑って見せた。花明はそんな彼女へと一礼すると洗濯場から廊下へと出た。廊下では直立のまま柏原が立っていた。
「お待たせしました」
「いえ。何か良いお話はありましたか?」
「直接的な関係があるかどうかはまだ分かりませんが、少し気になる話が聞けました」