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意味を持たない言葉たちを繋ぎ止めるための掌編

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夜釣りは良いものだね。



 僕はPCのキーボードから手を放し、台所に向かい、お湯を沸かす。そして洗面所に向かい、顔を洗う。鏡に映る自分の顔を見つめる。ひどい顔だ。今日の正午が期限の原稿を完成させるために二日間、眠っていないから、それは当然の話だ。九割がたは完成したのだが、残りの一割に苦戦しているという状況だ。残りたった五、六行ほどの文章なのだが、ひどく苦戦していた。僕は、書いては消し、書いては消しを繰り返していた。否。パソコンのワープロソフトを使用しているから、正しくはタイプしてはBack space、タイプしてはBack spaceだ。そんなことはどっちだっていい。こんなどうでもいいことが頭に浮かぶのも疲れているからに違いない。薬缶から蒸気が噴き出す音が聞こえる。僕はガススイッチを切り、インスタントコーヒーを準備した。少し苦みがきついコーヒーを啜りながら、再びパソコンの前に腰を下ろし、全体の文章を眺めた。しかし、眺めているだけでは文章はまったく浮かびはしない。僕はパソコンのディスプレイをオフにし、テレビを点けた。通販番組が映し出される。夜とも朝ともいえない時間帯に通販番組を見るという行為が僕は嫌いだった。チャンネルを変えた。しかし、また通販。もう一度変える。またもや、通販。さらにもう一度。

すると、テレビ局の定点カメラが映し出す夜の街の風景が映る。中央にはビルが乱立し、ビルの屋上には赤いランプがまるで僕を急かすかのように明滅を繰り返していた。貨物列車が線路を走っているのも見える。道路を走行する自動車は数台だが確認できた。僕はふと不思議に思った。運転手たちはいったい、こんな時間に、何を目的とし、どこへと向かっているのだろう、と。深い眠りに包まれた街を孤独に走る、その意味とはいったい何なのだろう、と。それはまるで街に対する裏切り行為のようだ、と僕は思った。彼らは街が深い眠りにおちている間に見られてはいけない悪事を行っているのだ。そう僕は思った。僕は画面の左側に伸びている道路を走行する一台の自動車を見つめた。おそらく悪事を企んでいるのであろう者を乗せた車だ。その自動車はかなりの速度で走行しているように見えた。ときおり反対車線にはみ出し、ふらついていた。瞬間、自動車は猛スピードを上げ、路肩のブロックに乗りあげ、勢いよく街燈に衝突した。衝突した瞬間、街灯の明かりがふっと消え、車のテールランプが点滅した。僕はテレビの画面を凝視した。交通事故だ。僕はその事故が起きた場所を画面上から推測した。近くにボーリング場とパチンコセンターがある。すぐにその場所が理解できた。気がつけば、僕は車のなかにいた。キーを差し込み、エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろし、アクセルを踏んだ。

程なくして事故の起きた現場に辿りついたが、その場所に事故車は見当たらなかった。不思議なことに街灯に車が衝突した形跡すら見つかない。ただ、ひとつだけ、明りが灯っていない街灯があったが、それがテレビの画面で実際に事故がおきたものかどうかは確証が持てなかった。僕は駐車した車のボンネットに腰かけながら、煙草を吸った。時折吹く風は程よく冷たく、心地よかった。煙草を吸い終え、長い溜息をついたあと、車に乗り、アパートへと戻った。

部屋に入ると、つけっぱなしのテレビが目に映った。急いで飛び出したために、テレビを消し忘れたのだ。僕はその画面を見て、驚かないわけにはいかなかった。何故なら、画面にはまだ事故を起こした車が映っているからだ。テールランプはいまだに点滅を繰り返している。しかし、あの場所には事故を起こした車などなかった。僕はこの奇妙な矛盾に違和感を覚えずには入られなかった。可能性としては、この画面がもしかしたらリアルタイムのものではない、というものだ。しかしながら、部屋の窓から見える街の明るさと、テレビ画面上の街の明るさは奇妙なほどに一致していた。僕が深い沈黙のなか、画面を凝視していると、ふいに定点カメラの画面が切り替わった。

「おはようございます」というテロップと同時に、間の抜けたBGMが流れ、テレビ放送の開始を告げるアナウンスがされた。馬鹿げたBGMは僕の得体のしれない違和感のようなものを綺麗に洗い流した。僕は事故車について考えることは止め、椅子にゆっくりと腰を下ろし、すでに冷え切ってしまった飲み残しのコーヒーを一気に飲みほした。それから、消していたパソコンのディスプレイを再びオンにした。僕はキーボードに手をそっと添え、原稿の残り一割の文章の最初の一文字をタイプした。

カチッ。