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サニーサイドアップ
サニーサイドアップ
novelistID. 56539
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センパイんとこ住まわせてもらっていーっすか? <後編>

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もしかして、嫉妬でもしてくれてんのかよ?





 寝床に入ってしばらく経つのに、口の中にはまだ煙草のいがらっぽさが残っていた。うがいでもすれば少しはすっきりするのかもしれないが、和歌子はそうしなかった。
 唇に残った倫の感触を、どうしても消したくなかったから。

 吸えもしない煙草をせがんで、しかも倫の吸っているのを奪って、案の定咳き込んで、いたたまれなさに逃げる。
 
 センパイびっくりしただろうな。
 だってアタシだって自分の行動にびっくりしてるんだから。

 和歌子は自分の左胸に手を当ててみた。
 ドックン ドックン ドックン
 活きのいい心臓が、「ここから出してくれ」と言わんばかりに胸の内側で飛び跳ねているのがありありと伝わってきた。
 その手を、今度は唇に当ててみる。煙草のフィルターを介して、倫と触れ合った唇。指先に薄い皮膚の感触が触れた途端、腕を伝って甘苦しいざわめきが全身に広がった。
 和歌子は身をよじって、そのざわめきに耐えた。
 抑えきれない体の反応が、倫に対して抱いている思いの「種類」を、如実に表していた。
 支離滅裂に見えたさっきの行動には、実は明確な目的があったことを、和歌子は悟った。

 確かめて、認めて、楽になりたかったんだと思う。倫への思いを。
 だけどその目論みは、半分成功、半分は失敗だった。
 しっかり確かめた。そして潔く認めた。だけど、楽になるどころかもっと苦しくなったのだから。

 ♢ ♢ ♢

 電話口では「持ち込みな」なんて言っておきながら、しっかり人数分用意するところがセンパイらしいな、と和歌子は思った。二人で汗だくになりながらスーパーへの道を往復し、買ってきた袋の中身を移し替えたら、古びた冷蔵庫は瞬く間に満杯になってしまった。コンプレッサーが苦しそうにヴヴヴと唸っている。
「亜希先輩達も買ってくるんすよね? これ以上酒入れる場所ないっすよ」
 台所の床にぺたんと座って空になったビニール袋を畳みながら、和歌子は流しで顔を洗う倫の背中にそう問いかけた。
「タオル」
「あ、はい」
 慌ててタオルを渡すと、倫はぞんざいに顔を拭きながら「あいつらザルだから。回転率早えーだろ」と事も無げに言った。
「……ま、それもそっすね」
 和歌子は亜希達の酒豪ぶりを思い出し、妙に納得した。
 倫は和歌子をちらりと見ると、しっかしあちーなと毒づきながら、六畳間に入っていった。
 和歌子は床に座って袋たたみを再開した。
 袋を縦に細長く畳んで、端から三角形にぱたんぱたんと折り畳んでいく。
 せっせと手を動かしながら、和歌子の意識は昨日の河川敷に飛んでいた。たちまち和歌子の周りにむっとする草いきれが広がった。

 もしあの時、亜希先輩が電話をかけてこなかったら。アタシの言葉を誰も遮らなかったら。
 アタシは今この場にいなかったかもしれない。

 自分の軽率な言動がもたらしたかもしれない結果の重大さに、和歌子の背中に寒気が走った。

 側にいれさえすればいい。ダメで手のかかる後輩として、側に置いてもらえればそれでいい。
 それ以上何も望まない。望んじゃいけない。望んだら、きっとまた誰かに取り上げられてしまうから。

「ワコ、どした?」
 声をかけられてハッと顔を上げると、六畳間と台所の境目に立った倫が、心配そうに和歌子を見下ろしていた。いつの間にか袋はすべて畳まれ、膝の周りに散らばっていた。
「な、なんでもねっす。少しボッとしてただけっす」
 和歌子は散らばった袋を拾い集めると、倫に背中を向け「つまみ作り始めますね」と流しに向かった。背中に倫の視線を感じたが、気付かないふりをした。

 ♢ ♢ ♢

 7時ちょっと過ぎ。手にビニール袋を下げた派手な3人組が、どやどやと203号室に集まった。「元気そうじゃーん」「あんたちょっとやせた?」「酒これでよかったっけ?」狭い玄関はたちまちちょっとした騒ぎになった。
 亜希に純にケーコ。3人とも倫の同級生で、和歌子の先輩にあたった。いで立ちだけ見ればキャバクラ出勤前のお姉様方といった風情だが、意外や意外、皆倫同様、結構堅い仕事に就いているのだった。
 その3人組は、部屋に入るや否や、小さな座卓にすき間無く並べられた料理の数々を見て、口々に感嘆の声を上げた。ピザ、サラダ、枝豆に冷や奴、そして鶏の唐揚げに豚キムチ。余計な事を考えなくて済むよう、ひたすら料理のみに集中した結果だった。
「これ全部ワコが作ったんだろ? 倫が料理する訳ねーもんな。すげーじゃん!」
「ワコにこんな特技があったとはねー」
「シェフ? コック? 板前? どれかにはすぐなれんじゃねーの?」
 多少褒め過ぎの部分は、和歌子への気遣いなのだろう。それでも先輩達の言葉が嬉しくて、和歌子は顔を真っ赤にしてデヘへと笑った。
「んじゃ早速のもーよ! ほら倫、乾杯の音頭!」
「は? 何で私が?」
「家主なんだからあったりまえだろ! つべこべ言わずに早くしろよ! この部屋暑過ぎてのどカラカラなんだよ!」
「あんだよったくしょーがねーな……んじゃ、ま、乾杯」
「あいかわらず愛想ねーなー!」
 見事にかぶった3人の言葉と、倫の仏頂面の対比がおかしくて、和歌子は思わず吹き出してしまった。なし崩し的に座卓の上で乾杯が交わされ、飲み会が始まった。和歌子はジュース、他は皆ビールだ。倫も含めたこの4人の先輩は、ヤンキーの世界では珍しく、飲めない後輩に酒を強要する事は決してしなかった。和歌子は昔からこの先輩達が好きだった。
「なにこれまじうめーんだけど!」
「ワコまじ天才じゃね?」
 料理に箸を付けた先輩達から、口々に賛辞の声が上がった。その言葉がお世辞じゃない事は、料理の減り具合からよくわかった。褒められるのに慣れていない和歌子はこそばゆくて仕方なく、「そんなことねっすよ」と照れ笑いを浮かべるばかりだった。
 だが、何より和歌子が嬉しいのは、褒められてるのは和歌子なのに、倫が嬉しそうにしている事だった。あいかわらずニコリともしない仏頂面で黙々とビールをあおっている倫だったが、なぜか和歌子には倫の喜びがわかるのだ。 
 先輩達はよく食べ、しゃべり、そしてもの凄い勢いで空き缶の山を製造していった。和歌子は何度も何度も六畳間と冷蔵庫を行き来する羽目になった。確かに倫の言った通り、先輩達の「回転率」は異様に早かった。
「そうそう、そう言えばあん時ケーコが男とさー」
「ギャハハハ」
「ちょっと純がそれ言うー?」
 話題は目まぐるしくザッピングし、今は高校時代の思い出話に突入していた。これだけしゃべり倒しているのに、ここまで誠也の話はまったく出ていない。恐らく意図して避けてくれているのだろう。がさつに見えて細やかな先輩達に、和歌子は心の中で感謝した。
 
 和歌子が追加の枝豆を流しで洗っていた時だった。台所にビールを取りにきた亜希が、冷蔵庫の前でしゃがんだまま、唐突に言った。
「ワコ、よかったな。誠也と切れて」
「……え? あ……はい」
 咄嗟に気の利いた返事が出来ず、和歌子は曖昧にうなずいた。
「あたしらも気になってたからさ。とりあえずお前が元気そうでよかったよ」