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私の読む「源氏物語」ー87-夢の浮橋 源氏物語終巻

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 と僧都が薫に語るので、浮舟は生きていると、小宰相からなんとなく聞いて、このように横川に出かけて来てまで細かく聞き出ししたことであるけれども、自分が尋ねていって、亡き人と、すっかり思込んでしまっている浮舟を、さては事実は生きていたのであると、思うほど夢の中のことのような気がして、事の意外に驚き、人の見る目もかまわずに、涙ぐまずにはいられなくなったが、僧都の気の置けそうな様子に、薫は、涙ぐんでまで、私は僧都に見らるような男であるかなあ、と我慢をして表面的には、薫は平静な態度を示しているが、僧都は、こんなに涙ぐむ程に深く愛しなされる人であったのにそんな事は知らないから、俗世界にはいない人と同じに尼にしてしまったと、僧都は間違ったことをしてしまったよな気持になり、罪が深いと思い、
「悪い物怪に取りつかれなされた事も、当然そうならなければならない、前世の因縁である。拙僧が、想像すると彼女は高い身分の家にこそ縁があったのであるが、どんな間違いからか、このように小野で出家する程になるまで、落ちぶれなされたのでしょうか」
 と薫に問うと、
「影の薄いぱっとしない皇族の血統と、当然言われるような王家筋の者であるのであつた。私としても、もともと、以前に、妻になどと特別に愛したわけでもござらぬ。何となしに、ちょつとした機会で、初めて世話を致したけれども、別段、こんな小野の山里などに、流浪するはずの身分とは、考えてもみませんでした。だが、おかしな事に、跡かたもなく消えてなくなってしまったから、ある人は、宇治川に入水したのであろうかと言うも有り、人々の想像するのも色々まちまちで、疑問が多いので、私も確実な事は、今まで聞き得なかったのでした。しかし、彼女は罪障を軽くして、尼になっておると言う事であるから、それを伺えば、大層結構であると、本当に安心しましたけれども、母なる人は、とても恋い悲しんでいると言う事であるから、浮舟は尼になって存命していると、私が聞き出したと、知らせてあげたいけれども、知らせれば、今まで幾月もの間、秘密になされた、妹尼の、亡き娘の代わりを授かったという気持に反するようで、妹尼の気持は穏かでないでしょうか。たとえそうであっても、母と子の間の恩愛の情は断絶しないので、母は、悲嘆に我慢が出来なくて、その女を見舞に行ったりなど、きっと致すます」
 と言って更に、
「迷惑であると、御思いなさるとしても、僧都は坂本に下りてください。これ程までに聞いて、そのまま見過ごすことは、私には出来得ない女ですから。今の事も勿諭、夢見るような昔の事なども、せめて、尼姿になっている今でも、話しあいたいものであると、私は思っています」
 と言う薫の気持ちが僧都には気の毒に思い、あの女は、俗人の姿を変え、俗世を捨ててしまったと、見えるけれども、どんなに髪や鬚を剃った法師であってでも、不思議な愛着の情は消え失せない者もあると言う事である。法師にもまして、浮舟のような、女人の身と言う物は、もしも薫に逢ったならば愛着の情はどんな物であろうか、浮舟の道心が動揺しては、気の毒であり、拙僧自身には、罪障をきっと得るに相違ない事である。小野へ薫を案内することは面白くなく思い、また当惑していた。
「坂本に下るのは、今日、明日は忌み日であるから月が過ぎての来月に此方から消息致しましょう」
 薫は聞いて待ち遠しくはあるけれども、是非是非にと、なんとなく苛ついているのも体裁が悪いから、それでは月が変わってからと、京に帰っていった。横川には浮舟の弟の童小君を御供に連れていた。浮舟の外の兄弟達よりも、小君は、姿も勿論容貌も綺麗なの
を呼び寄せて、
「この童はその女の兄弟であるので。この童をともかく使いに立てましょう。貴僧の一筆を戴きたい。私のことを、誰々とその名は書かなくて、その人を御尋ね申す男が、いかにもいると言うだけの意味をその女に知らせてください」
「拙僧は、この案内で、必ず破戒無漸の罪障を、何としても作ってしまうでござりましょう。その女に関することは貴方に詳細に御話し申してしまった。だから貴方自身が自分で小野にお寄り下さって、用事があるならば、それを、たとい果たしなされるとしても、御身に何の非難もありません」
 と僧都が言うと、薫は笑って、
「破戒無慚の罪障を、きっと作るに相違ない案内であると、御考えなされるような事は、いかにも私は恥ずかしい。私は、俗の姿形で今まで過ごしている事がなんとなく不満で、幼少であったころから、出家を志す意志が深うごいましたけれども。しかしながら、私の母の三条の宮が、平生心寂しそうで、力になりそうもない私の身一つを、頼りとして思いなされている事が、現世から逃れられないことのように思われて、俗事にかかり合って、出家も出来ないでいますあいだに、自然に身分も高くなり、我が身のありかたも、自分の意思では動けないので、出家の事を心には考えながら過ごしいる間には、帝の女二宮の婿になったりして、避けられない事も、数ぱかり加わりながら過ごしていますが、避けることが出来ない公務でも私事でも、出家の素志を実現できないので有りますが、逃れられない事情に関するものでなくては、仏の戒めなされるようなことを、少しでも、耳にするような場合には、どうにかして戒めは破るまいと謹慎して、心では聖に劣らないと者であると、少しでも仏の戒を破るまいと思っているのにそれ以上に、浮舟の道心を乱すような事に、重い罪障を受けるようなことはどうしても私はできませぬ。重い罪障を作るようなことは、今更あるはずはないと思っています。御疑いなされてはいけませぬ。私はただ、可哀そうな浮舟の母の心配などに、浮舟の出家の事情を貴僧に聞いて、その母に伝えて、はっきりとしようと言うだけで、ほんとうに嬉しくまた安心であります」
 と僧都に薫は、若かった頃から出家の道に志していたことを、僧都に語った。僧都も、そうであったかと、頷いて、
「その御志は、一段と尊い事でござるなあ」
 などと話し合う内に日も暮れてきたので、今下山すると途中の宿泊も、小野の尼庵が大層都合のよい時刻になるが、 雲をつかむように、何の連絡もしなくて、もしも訪問したら、やっばり不都合であろうと、薫が思いながら帰り仕度をしているときに、浮舟の弟のこの童を、僧都が目をつけて、いい童であると褒める。
「この童に文を持って行かせて、私が訪問することを、前以て浮舟に、それとなく知らせて下され」
 と言うと僧都は文を書いて童に渡し
た。僧都は、
「時々は童も山に来て、ゆっく遊びなさい。というのは、訳があるのじゃ。君の姉の浮舟は、拙僧の弟子なのであるぞ、ということである」
 と童に僧都は言うのである。僧都の言う、浮舟が自分の弟子であると言うことが、よく分からないが、僧都からの文を取って薫の供をして下山した。
 下って坂本に着くと、薫は、
「前駆の人達は、少し離れ別れて、目立たないようにして行けよ」