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私の読む「源氏物語」ー87-夢の浮橋 源氏物語終巻

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夢の浮橋

 薫は山に到着していつものように供え物を納め、経典や佛を供養した。
 次の日は横川を訪れたので、突然の高官の来訪に僧都は驚き恐縮していた。薫はここ数年来僧都とは御祈祷などに関して、相談をすることはあったが、いづれも公用のことで、特に親しいという仲ではなかったが、僧都がつい最近、帝の女一宮の病を、加持に内裏に伺候された時に、勝れた霊験を、現わしなされたと、見ていてから僧都を大変尊敬され、以前よりも少し親しく話しをするようになったので、僧都は、
「身分のお高い殿(薫)が、このようにわざわざ横川にまで御越しなされた事であるよ」
 僧都は、接待に大騒ぎしていた。薫が話などを、落ち着いてゆっくりしんみりとされるから、僧都は湯の中に飯または固粥を入れた湯漬出して勧めなされる。薫の供の者達が控え所に行っていなくなり、少しあたりが静まってきた時に、薫は、
「小野の辺に、貴僧の知り合いの宿り家はござるか」
 と問うと、
「ごさりまする。それは、どうも様子の変っている所でござりまする。拙僧の母である、老い朽ちている尼がおりまするけれども、京にしっかりしている、母尼のための住み家もござりませぬ間に、拙僧がこのようにして、ここ横川に籠もっておりまする間は、夜中、暁にも母尼を見舞ってあげようと、考えまして、小野に置いてあるのでござりまする」
「小野のあたりには、ほんの最近までは、一条御息所や落葉宮などを始め、人が大勢住んで居たのであるが、現在ではそのような方々もなく、人も少くなって、どうも寂しくなって行くようである」
 等と世間話をされてから、少し僧都に近寄って、薫はひそひそと、
「このようなことを言うと私も浮ついた気分になりますが、また尋ねることについては、どうした事柄なのかと、貴僧が不審に思いなされるに相違ないから、尋ねにくく、遠慮せずにはおられない事であるけれども、敢えてお尋ねすることに致しました。あの小野の山里に当然、私の世話しなければならない女人が、隠れておるように、私はこの度聞いたのでございますが、その女が隠れなければならなかった事実を、貴僧に話したか、その女人が誰であるかも貴僧にうち明けて話したことと私が思いますので、貴僧の戒を受けて弟子になり尼となっていると言うことは事実でありますか。彼女はまだ歳も若く親もある人でその女を、私の方で亡くしたように言い掛かりをつける人が、あり困っております。
 僧都は、そうか、薫の思い人なのであったか、じぶんも最初思った、この女はどう見ても普通の者とは見えない上品な容姿なのであった。薫がここまで真剣になって言うからには、薫にとっては決して軽々しい女ではなかったのであろうと、自分は思うが、人に戒を授けるのが当然の法師とはいえ、自分は思慮分別もなく、即座に、浮舟の姿を、尼の姿に変えてしまったのであった事よ、と胸がどきどきするので、返事を申そうとしても、言うことをしばし考えなければと、すぐに答えは出ない。小野に住んでいることを薫は本当に誰かから聞いたのであろう。それ程まで色々の事を御承知なされて、拙僧に様子を探って、御尋ねなされるような場合に、秘密にするほどのことでもあるまい。隠しても隠し切れるものではない。自分が、薫の質問に対して、言い張って否定し隠そうとしても、そんな事では、不都合であろうなどと僧都は暫く考えて、
「その女の人とは、どういう事情がおありなのですか、拙僧がこの頃心中窃に、不思議に思います女の事でござりましょうか」
 と言って更に僧都は、
「小野にいます私の母尼と妹尼達が、初瀬に宿願がありましたので、参詣が終わっての帰り道で、宇治院と言うところに宿泊しておりました際に、母尼が旅の疲れからか急に病になりひどく重いようであると、連絡が山に来ましたので、宇治に参りました折に、早速どうも不思議な事がござりました」
 と、ひそひそと声を小さくして大樹の下の女変化の情況を語って後、更に、「親が死ぬばかりになっていたのを、そのままに捨て置いて、その変化の女を介抱し、助けてやりたいと、その時、心配していたのでございます。母尼のように、この変化の女も死んだようには見えるけれども、かすかに呼吸が残っていましたので、昔の物語に、遺体をを柩に収めるまで安置しておく、魂殿に置いた人の話を拙僧は思い出して
、そういうこともあろうかと、珍しいことでありますので、弟子どもの中で
加持祈祷の出来る者を呼びまして、代わる代わる交代して祈祷をさせました。なんと言っても、惜しいような歳ではありません母尼ですが、旅の空での重い病を助けて、極楽往生のための阿弥陀の念仏を母尼に気が散らないよう一心不乱できるように仏を祈念申しあげようと、その時考えていましたので、その女の人を詳しくは見ることが出来ませんでした。その時の前後の事情を、推量致しますと、天狗か木魂のような物がその女を欺して連れ出したのではないかと、聞かせれました。この女を助けて京に連れて来ましてからも、三月ばかりは全く死人のようでした。それが、私の妹尼が、この妹は故衛門の督の妻でありましたが、尼になりました。一人有った娘を失って、月日は多く経ちましたが悲愁が我慢出来なくて、思い嘆いておりました際に、亡き娘と同じ年頃の女と見られる、このような容貌が大層端麗で、美しい清楚な女を
見出して、初瀬の観音が下さった人と喜んで、この女を簡単に死なせたくないと、考えるがどうする方法もなくて、泣く泣く、切ない気持であるから、必ず加持を頼むなどと言う事を、その当時言ってきたので、少し後になって、
あの西坂本の小野でに山から下りまして被甲護身法で、元気快復の加持を仕りました為に、あの女も元気になって、三ヵ月許り失神状態であったのがようやく正気の人となったのではありますが、彼女は、
「正気づいてもやっばり、私の心に巣くっている物の怪が、私を離そうともしない気持があります。私はこの物の怪から逃れて出家をして、後の世を考えていきたい」
 悲しそうに言われることもあって、拙僧も法師の身分としては、言われるまでもなく出家を妨げるわけではないから、出家をさせてしまつた事でござります。その女を、貴方が御世話遊ばされるはずの方と、どうして、何の手懸りもなくて、知ることができましょうか。ただ、珍しいことと世間に評判が出て、当然厄介なことになってはと、この庵の母尼や妹尼が何かと申すので、今までの幾月かの間、どうもだまって隠して静かにしております」