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みやこたまち
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退空哩遁走(同人坩堝撫子3)

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ニ  般若湯村雨 延長編



「トンカラリ? ずいぶん脳天気な名前ですね」
盛大な湯気の中、巨石をくみ上げて出来た天然温泉に肩までつかっていると、今日の疲れが溶けていくようだ。僕は元来あまり長く風呂につかっていられる性質ではないのだけれど、今日は特別だ。今夜の事を考えると、一応あちこち綺麗にしておかなければならないような気もする。

 この温泉の色は少し黄色がかった乳白色でかなり熱く、湯そのものに粘りがあった。脱衣所にあった効能書きには「打身、捻挫、関節炎、リウマチ、気力減退、不義密通、性欲減退、怨恨、疲労回復、多動症、入れば霊湯霊験あらたか祈願成就間違いなし」
などとある。僕は奇妙な気分になりながら扉を開けた。
 盛大な湯気の中に硫黄と温泉卵とそれと、なんだか甘いような匂いが漂っている。どうやら一人、背中を向けて湯船に使っている人がいるらしい。「失礼」と声をかけ、隣に入ろうとして、僕は飛び上がった。
「あっついすね。このお湯は。いや半端じゃないっすよ、これは。いやすごい。あなたはすごい。きっと宣伝が沢山できますよ。あ、そのまえに生着替えしないといけないけど、でもすでにあなたは全裸でしたか。ははは」
笑った時、湯気がどわっと肺に入って、僕はしばらく咳き込んでいた。
「ゆっくりとおやりなさい。なに、はじめからこの湯に浸かれた者は、おりませんでしたから」
湯船から男がそう声をかけてくれた。僕は流しで毛玉を吐き出そうとしている犬のようになっていた。四角い顔、小太りに見えて全てが筋肉の引き締まった体、そして開いているのかどうか分からない目、声の主は先ほどの僧だった。それから、僕がようやく湯船につかり「動かないでください。お願いですからお湯を波立たせないでください」というのを、僧が面白がってばしゃばしゃと湯をかき混ぜたりしてすっかり打ちとけ、湯にも慣れたたところで、冒頭の話へとつながっていくのである。
 たしか、このあたりの土地柄と遍路のことなどを尋ねるといった話の流れの中、僧の口から「トンカラリ」という名前が出たのだった。

 僧は手拭いで頭をくるくると拭いながら話しを続けた。
「トンカラリは九斉島に残された遺跡です。なに見た目は地味なもので高さが膝くらいまで幅は、そうニ尺程度の石組み構造物に過ぎない。その大半は、ブッシュや林に埋もれていました。それが衛星写真の解析の結果、中国の万里の長城よりも長大なものかもしれないということになり、一躍脚光を浴びました」
「しかし、九斉島の話でしょう。万里の長城ほどの差し渡しをあの島に収めるのは、小腸をはらわたに収めるよりも難しそうだな」
「いやいや。そうではありません。遺構として発見されたのが九斉島ということで、これに連なると思われる遺跡が各地に点在していることが分かったのです。それぞれの土地で様々に呼ばれていた小さな石組構築物は、結局このトンカラリと呼ばれるものが壊れたり、後世に改築されたりしたものである可能性が高くなり、それでそれらを総称してトンカラリと命名したということです」
 僕は顔を洗い、肌がつるつるになっていくのに驚きながら、つーっと反対側の石組み壁へと流れていき、湯から半身を出して腰を下ろした。この壁の向こうに女湯があり、里見が入っているはずだ。
「しかし、そんな膝までの石組みにいったい何があるというんです? それに各地にある石組みが同じトンカラリだという確証はどこにあったのです?」
「夢物語だと仰るのですね。違います。トンカラリの地上部分が地味なのは、そうと知る者にだけそうと知らせさえすればいいからです」
「地上部分?」
 僕は自分が座っている石組みの壁を見上げ、それから乳白色の湯船を見下ろした。
「そう。トンカラリの地下には地下道が通じています。ここに地下道があるぞという目印が、地上の石組みなんです。ただその地下道への入口はそう沢山は無い」
「で、このトンネルがトンカラリの一部だと?」
「正確には、中枢ではないかと思われます。私たちの先祖は本国に様々な巡礼路を定めました。一つには水銀の流通のため。一つには各々の巡礼地守護のため。そしてそれらは全てトンカラリ線に存在するのではないかとの推測がなされ、様々な調査が行ってきました。どんなものでも、中枢というのは重要と見なされるでしょう。この本国はもとより海南諸島をも包括するトンカラリ線を、誰がどんな目的で制定したのかを知る上でも、どこが中枢なのかを知らなければなりません。トンカラリ線の中枢とはすなわち、全ての時空を最短距離で結べる特異点です。」
 僧の後頭部も背中も真っ赤だった。ダルマみたいだ。
「トンカラリ線はかつての鉱山、主要な城、港をも結び付けた一大ネットワークです。さらに調査を続けていくうちにですね、あまたある袋小路ですら、実は行き止まりではなかったことが分かってきているんです」
「袋小路が行き止まりでないとは?」
「時間です」
「時間…… ってタイムカプセルみたいなものですか。成人式の際に掘り起こされて、たいそう恥ずかしい思いをさせられるような、古来の書物などが保存してあったとか」
「いえ。時間そのものを蓄積しているらしいということです。馴染みにくい考え方かもしれませんが。元来、時間と空間とは同じ物です。というか、空間の広がりを示すのは時間しかなかった。今でも、速度というのは時間と距離とを扱う単位でしょう。それは相対的な時空間を扱うのですけれども、絶対的な単位として宇宙開闢以来の空間の大きさとその大きさになるまでにかかった時間を計る単位を、我々は伝えています」
「はあ…… しかし、そんな単位があるとして、一体誰が、それをカウントしているというのですか?今は宇宙から届く光の分析か、隕石の放射元素測定などで年代を割り出すしかないというのに」
 僧は天井を見上げて笑った。顔に無数の雫が落ち、顔から湯気が上がった。
「そこですよ。トンカラリの袋小路には、その記録が封じ込められているのではないかと推測できる」

「不思議なお話ね」
 不意に、石壁の向こうから里見の声が響いてきた。と、僕が座っていた石組みの下から、裸の尻が一列に並んで浮かび上がってきた。尻、尻、尻。僧は漂う尻を見て一喝した。すると尻が壁を離れていって力なく延びた全身が湯舟に浮かび上がってきた。その数、ざっと十四体。全員がうつぶせで、僕の方に両手を伸ばして、すぅーっと僧の方へ流れていった。
「おう。ウォーターボーイズ!」
 思わずそう叫んだ僕を無視して、僧はますます赤くなって怒鳴りつけた。
「馬鹿者め。あれほど精進せよと言ったものを、息を奪われて」
 ざばざばと水しぶきが上がった。正体を無くして漂う尻の持ち主達が、僧の傍らから空中に跳ね上がり、次々と流しへ打ち上げられていった。飛沫の中心では、僧が何かつぶやきながら両手を水車のように回している。おそらく僧が人間を撥ね飛ばしているに違いなかったが、なんという怪力だろう。僕は白い湯の白い湯気の中心で真っ赤になっている僧の姿を呆然と眺めていた。
「全く、修行の身が聞いて呆れるわね」
 湯気の彼方から里見の声が響いた。仁王立ちしていた僧の肩が柔和になり、手拭いでピタピタと額を叩いた。