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みやこたまち
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退空哩遁走(同人坩堝撫子3)

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「いやお恥ずかしい。これしきの煩悩では修法など及びも尽きません」
「あなたは、どうかしらね」
 里見の声が近づいてくる。僕はこの時とばかりに目を見開いた。だがしかし、湯気にはばまれて里見の姿は朧気にしか見えない。僕は高村光太郎ではないし彼女は智恵子ではない。しかし風呂で裸を見ることから始まる恋もあるのだ。もちろん、恋が始まらなくてもかまわないけれども。
 僧は、なぜだか振り返らない。その位置からなら里美が見えるはずなのだ。僕は飛び込む決心をした。
「隣の部屋に若い男女を泊めさせて、何をするつもりだったのか、私には分かっているのよ。でも、残念ね。私は、そりゃ凄いんだから。あなただって、ここに転がっている青二才と同じに、ひっくりかえってしまうから」
「そうかもしれませんね」
 僧はゆっくりと湯船に浸かった。右足の親指を石にひっかけ、左足を半歩引いて、ロケットスタートの構えをきめた僕の目には、濁った湯の中で僧の両手が目まぐるしく動いているのが見えた。
「この人お湯の中で何かやってるよ」
 僕はとっさにそう叫んでいた。だが里美は即座に、
「あなたも毎晩やってることよ」
 と言うとけたたましい笑い声を立てた。僕はバランスを崩して湯に落ちた。

「驚いた? 驚いたでしょう。」
里美の声がして、ガラガラという音が続いた。里見の影は消えていた。だが、複雑に組み合わされた石組みの壁に、里見の笑い声は複雑に絡み合ってしばらく聞こえていた。
「恐ろしい人だ」
 僧はそういって盛大に顔を洗った。熱気の立ち込めている筈の浴室にいながら、今の騒動で何故か非常な嫌悪感と悪寒とを感じた僕は、顎まで湯に浸かった。
「今、何があったのですか? よく分かりませんでしたが」
 洗い場で倒れている十四人の男たちの姿を気にしながら、尋ねてみた。僧は視線の先に何があるのかを察したかのように「ああ」と頷いて、説明を始めた。

「この者どもは、修行中の者たちです。先程あの女がこの旅館に、刀を持って現れたので急遽、特に修行の進んだものを選抜して、陣を張らせたのですが、返り討ちにされてしまいました」
 ああ。ようやく里美の素性を知る人に出会うことが出来たのだ。僕はこの宿へ泊まった偶然に感謝しつつ、興奮して聞いた。
「あの、彼女は一体何なんですか? 彼女に会うまでは、僕は金縛りとか、虫の知らせとかいう心霊現象とは無縁の生活をしてきたんです。それが彼女に会ってからいろいろ不思議なことが起こる」
 僧は柔和な顔を崩さずに、「そうでしたか。」と言って湯船から上がった。そして男にも出るようにと促した。
「陣が破れた以上、この湯に長く浸かるのは毒だ。さあさあ、上がってください。そしてよく体を流してください」
 乳白色の湯は、いつまでも体にまとわりつき、流すのに苦労した。
「一体なんです。このお湯は」
「私たちには馴染みの深い成分を蒸留して作った霊湯です。この色と粘りで分かるでしょう。蒸留の過程で匂いは消えるので、直ぐには分からないと思いますが」
 僕は、しばらく考えていたが、あるものに行き着いて慄然とした。
「ま、まさか。でも一体何故。それにこんなに大量に……」
 僧は脱衣所に出て、大きな扇風機を回した。涼やかな風が二人を冷ましてくれる。
「陰花寺の住職から連絡を受けて、我々はこの地に結集しました。加持の途中でしたが常ならぬ事態が持ち上がったというので、トンカラリ線を抜けて来たのですが一足違いであの女は寺を離れた後でした」
 山門にいたあの腰の曲がった尼僧だ。すると、階段を転げ落ちた後で、彼らはあの寺に入ったのだ。
「住職は、寺の本尊である陰花入心仏の金型を盗まれたのだと言っていました。金型といっても後で崩すものですから、たいていは須恵器製のものです。今年の秘仏ご開帳は無期限延期となるでしょう。それを取り戻して欲しいというのが願いの筋でした」
「それを彼女が盗んだのですか? 何故です?」
 僕はそっと肘を撫でた。あの時リュック中で壊れたものが、その金型だったらしいと思ったからだ。
 僧は素裸の上に浴衣を羽織って体重計に乗り、針を見ると、うんうんと頷いた。
「それは分かりません。ただ、あの女は私たちの修行や祭りの邪魔をしている。ただの盗難事件ならば、私たちがでしゃばる筋のものではない。相手があの女だったから、危急の事件として我々が出向いたのです。しかし、我々も彼女の素性を掴んでいない。だから貴方という連れがいるのを知って、驚いていたのです」
 僧がこちらを見た。柔和な目の奥に不吉な光を見た気がした。
「で、でも本当に、彼女とは偶然に山門で会っただけで。それから今までのことはみんな成り行きで……」
 僧は自動販売機でコーヒー牛乳を二つ買い、一つを男に手渡して笑った。
「分かっています。あなたには我々に対抗しうるものはありませんでした。あ失礼。これは侮辱ではありませんよ。ただ我々とあの女との闘争の中で、あなたは明らかに部外者なんです。これ以上巻き込まれないためには、彼女から離れた方がいいでしょう」
 僧はそういってにっこりと微笑んだ。だが僕は微笑みを返す事が出来なかった。
「ご忠告痛み入ります。しかし、僕は縁というものを大切にしたいたちなので、もうしばらく彼女に同道しようと思います。ですから、皆さんの邪魔になるかもしれませんけれども、めんどくさいでしょうから、彼女と一緒に片づけてもらっても構いません。別段この世界に未練はありませんから」
「覚悟はご立派ですが、そう生き急ぐ事もないでしょう」
 僧はコーヒー牛乳を一息で飲み干し、帯を締めた。
「なるほど。あなたは深い悲しみを抱えておいでだ。そこをあの女に掴まれているのでしょう。何を言ってもあなたを頑にするばかりでございましょうから、これ以上は何も申しますまい。彼女の素性は分かりません。ただ、あの力を無自覚に振り回されるのは、こちらとしては脅威ですので、何とかせねばならないと思っています」
「その話ですが……」
と僕は話を引き取った。
「何だかよく分からなかったんですが、陰花寺を出てから道に迷ったり、バスで村雨の名前を聞き漏らしたり、地図にトンネルが載っていなかったりしたのも、あなた方の修法ですか?」
「申し訳ありません」
「では、あのトンネルの得体の知れないぶよぶよした奴も?」
「ぶよぶよ? ああ。あれがあなたにはそう見えましたか。そちらは私共が直接手を下したものではないが、重ねて謝罪いたします」
「それだけ進路を阻もうとしていたのは、この宿へ彼女を近づけさせない為ですか?」
「いえ。ただ迷道の法が破られたので、仕方なくこの宿に陣を張ったまでのこと」
「すると、この宿もあなた方の作った、結界のようなものだということですね。そこでこの湯船でまた何かやった」
「それも失敗しましたが」
「すると、今後の方策は?」
「それは、内密の事ございます」
 僕は防水袋から煙草を取り出して火を付け、余裕をかましながら言った。
「どうもリアリティーに欠けますね」
「ふーむ。駄目ですか?」
「まあ、三十点といったところでしょうか」
「様々な不思議に出会って驚かれていたではないですか?」