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海野ごはん
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今夜 君とラブソング

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「演歌の物語に招待します」









スナックの中からは演歌が聞こえていた。

彼女が呼び出したお店は、昭和の影が色濃く残る店だった。



「久しぶり・・一緒に飲まない?」僕より年上の彼女はメールが出来なく電話で聞いてきた。

「懐かしい・・もう会えないかと思ってた・・・」
彼女とは別れて2年の月日が過ぎていた。

指定された店の入口に立ち僕は躊躇する。懐かしさにここまで来たけど、彼女の幸せを僕は手伝ってあげれない。

一時は同じ幸せを共有して夢を見たけど、お酒を飲みグラスを空ける度に僕達の愛も恋も目減りし、最後はカラになってしまい、ボトルの交換をするように相手も変わってしまった。

酒場でのつきあいは酔ったままの恋模様。
ふわふわ浮いた彼女との恋は喧騒で羽目を外し、ベッドで淋しさ分けあう酔いどれの男と女だった。

帰ろうかどうしようか、僕は携帯を手に持ち思案する。

店から聞き覚えのある彼女の歌が聞こえてきた。彼女の声は憂いがあり、少しハスキーな所が僕の琴線に触れるのだ。

そして僕は声に誘われるようにお店のドアを開けた。

「やあ」照れ隠しで、片手をあげる。

気づいた彼女はマイク片手に僕に会釈して、そのまま歌い続けた。声も顔も雰囲気もすべて懐かしい。空白の時間を忘れれば、あの時の恋人同士のように隣に座り、腰に手をやり抱き寄せていただろう。

ママさんに促されて座った席は彼女の左手、ノースリーブの腕には昔から見覚えのあるほくろがあった。
ある晩、ベッドの上で彼女の身体のほくろを探し、ひとつずつ全部キスしてあげたことを思い出した。

曲が終わりマイクからグラスに持ち変えた彼女は
「ごめんね・・・ひさしぶり」と言って、乾杯をしてきた。
「ああ、乾杯。ひさしぶり」

久しぶりの再会なのに言葉が続かない。
彼女から話しかけるのに「うん、うん」としか答えられない。

別れた男と女はフった方に負い目があるのだろうか、今更悪かったなとは言わないけれど、のこのこ出てきた自分に自己嫌悪になる。

「ドアの前で帰ろうかと思ったけど、あんたの声が聞こえてきたから帰れなくなった。やっぱり歌うまいね」

「そう?うれしい」

右手が彼女のほくろの左手に触れる。エアコンで冷たくなった皮膚でなく、もともと体温が低いのを知っている。だけど

「寒くない?」つい優しく聞いてしまう。

「大丈夫よ・・・ねえ、歌う?」

「いやいい。あんたの歌が聞きたい」

昔のようにスムーズに言葉が交わせない。それは彼女との思い出が走馬灯のように僕の頭の中を回り、今の彼女と摺り合わせが上手くいってないからだ。

歳をとれば誰だって変わってゆく。
彼女はあれから、どんなお酒を飲んでいたのだろう?
少し疲れた彼女の付け睫毛が夜の顔を滲ませる。
幾度の酔っ払った夜をカウンターで過ごしたのだろう。
淋しさをいくつやり過ごしたんだろう。

僕は彼女の目の前に置かれたグラスに、僕のグラスをチンと鳴らし、再度、乾杯した。
「呼んでくれてありがとう」
「嫌じゃなかった?」
「ううん、暇してたから」
「彼女はできた?」
「うん、まあ・・・秘密」


そして また無音の会話が続く。
きっと彼女も僕のことを懐かしく思ってるんだろうか。


ボックス席の男性が歌いだした。演歌だ。
「やっぱりこういうとこが、あんたは好きなんやね」僕は聞いた。
「うん、演歌大好き。人生も演歌だもん」
「ふふん・・なんだそれ?涙ばっかりってこと?」
「そこまで言わないよ。そう暗くないのよ私の人生。毎晩お酒で楽しいし・・・」
「それに、淋しいし・・・」僕は続けて言った。
「よく、わかってるじゃん」
「・・・・演歌だろ、やっぱり」
「演歌だね・・」
彼女は照れたのかグラスを口に運び一口飲んだ。


「久しぶりに、もう一曲聞かせてよ」
僕は彼女のカウンターに置いた手に僕の手を重ね頼んだ。昔したように。

「何がいい?」笑顔で聞いてくる彼女がいじらしい。
「演歌はよく知らないんだ」
「じゃ、今一番私が気に入ってる曲、歌うね」
そう言うとメールができない彼女はカラオケのリモコンを操り番号を入れ始めた。

ちあきなおみの「紅い花」が予約された。

そして僕は彼女が歌うその歌を聞いて、少し泣けそうになった。






昨日の夢を追いかけて

今夜もひとりざわめきに遊ぶ

昔の自分がなつかしくなり

酒をあおる


騒いで飲んでいるうちに

こんなにはやく時は過ぎるのか

琥珀のグラスに浮かんで消える

虹色の夢



紅い花

想いを込めてささげた恋唄

あの日あの頃は 今どこに

いつか消えた夢ひとつ







演歌は涙もろくなるから、それに
また人を好きになりそうだから嫌いだ。。。



「紅い花」・・・ちあきなおみ

https://www.youtube.com/watch?v=wUJYzetxBzc