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新訳アリとキリギリス~もし世界が秋で終わってしまったら~

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何をするか、がまず話題となった。普通に食べる分でさえギリギリの量だ。宴会をやる余裕も無い。ダンスを踊ろうにも、今まで散々働いていたアリ達は、誰もその踊り方を知らない。それでも、話し合いをするアリ達の表情は生き生きとしていた。意見を出して、隣にいるアリと冗談を言い合っている。提案をした若いアリは、提案したんだから何か良い案を出すように皆から言われ、困った顔で対応していた。
長老アリは、微笑ましい顔で、その光景を見つめていた。


そんな中、キリギリスはいよいよコンサート会場を完成させた。広さは三日前に比べて非常に広くなり、荒野中の昆虫が集まっても少し余裕があるくらいまでに広がった。

ここまで広くなったのも、キリギリスが休まず作業を続けていたからという理由もあるが、たまに他の昆虫が様子を見に来て、キリギリスの会場作りを手伝っていたからだった。中には不安から「何でもいいからしていたい」という理由だけで彼を手伝う者もいた。

キリギリスは、手伝いにくる昆虫に、この会場が出来たらコンサートのことを知り合いに伝えてくれないか、と頼んでいた。手伝いに来た昆虫も、快くそれを承諾した。そして、会場が出来た時には、荒野のほぼ半数がすでに集まっていた。


「みんな、ありがとう!」

キリギリスは会場の前に集う昆虫たちに、深々とお辞儀した。すると、歓声が広がり、前に並んでいたコオロギが「少しだけど」と葉に包んだ餌をキリギリスに手渡した。キリギリスは驚いてコオロギを見ると、明日のコンサート用に、と言って微笑んだ。キリギリスは泣きそうになりながら、ありがとう、とだけ言って、大勢に向き合った。

「明日の朝に、コンサートをやります。先のことも忘れるくらい、楽しめるように盛り上げるので、宜しくお願いします」
キリギリスが再び頭を下げると、一段と大きな喝采が湧いた。



そして翌日。

とうとう雨が止む事はなかったが、会場は本当にほぼ荒野全体の昆虫で賑わっていた。今日で荒野の全てが流されるにも関わらず、ざわついた昆虫達は、コンサートが始まるのを今か今かと待ちわびている。

キリギリスはそんな光景を前に、張り切りながら準備を進めていた。食べ物は、昨日にコオロギから貰ったあとも、色々な昆虫から分けて貰っていた為、コンサートに参加する昆虫達全てに行き届くほど集まった。あとは、ステージに機材をおくだけだ。

キリギリスが張り切るのには、ほかにも理由があった。アリ達だ。昨日の夜、キリギリスのもとに若いアリが相談がある、とコンサート会場にやって来たのだ。


「楽しみ方が分からないんだ」

深刻そうにアリが呟くと、キリギリスは目を丸くした。若いながらに、アリ全体の統率を任されていた奴から遠まわしに、楽しみ方を教えてくれ、と言われたのだ。思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、キリギリスは言った。

「それなら、皆で僕のコンサートに来てくれないか?」
「キリギリスの」
若いアリは、キリギリスの曲を口ずさんでいた奴にその話をしたら喜ぶだろうな、と思い出して軽く噴き出した。他にも、行進中に足でリズムを取る奴もいたから、それがいいかもしれないとも若いアリは思っていた。
キリギリスがどうした、と聞くと、アリは首を横に振った。

「皮肉なもんだな」
何が、と言うキリギリスに対して、若いアリは困ったような笑顔を向けた。

「夏中、ずっと遊んでいた君が荒野のヒーローで、ずっと働いていた俺が君に教えを受けるなんてさ。数カ月も前は、その、君を見下していたのに」
「結果論だよ」

アリと同じように困ったような笑みをして、キリギリスは続けた。

「このまま何もなく、冬が来ていれば、君達は夏の蓄えを存分に味わって冬を越せていて、僕は空腹を満たせず、君達のところに物乞いしていたかもしれない。それで僕は、君に見下されたまま、だ」

キリギリスがおどけてみせると、若いアリはくすっと軽く笑った。
「そうだったかもな」
「しかも僕は、今回のことで頑張れることを見つけられたんだ。頑張ることも重要だとわかったよ。もっと生きられたなら、別のことも頑張れたかもしれない。報われるかどうかは別としてね。君も、夏に頑張った事実は変わらないんだ。それを別のことに生かせられれば、君はきっと強くなる」
「それを試せないのが残念だ」
「そうだな」
 お互い顔を見合せて笑い合うと、若いアリはくるりと背中をキリギリスに向けた。
「明日、皆でここに来るよ」
「ああ、待ってる」
後ろ手を挙げて、若いアリは再び雨の降る外へと出て行った。



 
準備が出来たところで、キリギリスはコンサート開始の挨拶を始めた。大勢の昆虫達が怒号に近い感じで鳴き、キリギリスは身体中に緊張のせいか身震いを感じながらも、最初の曲を演奏し始めした。

アリ達は、二曲目の間奏にやってきた。若いアリ以外のアリ達は、会場に着くなり興奮した状態で奥まで入って行き、早くも会場の一部と化した。長老アリは、アリ達の最後にゆっくりと入ってきて、あまりのうるささに入口付近でステージを見ることにした。若いアリも最初は奥でステ ージを見守ろうとしていた。

三曲目に入ろうとしていたところで、楽しくなってきた若いアリも、他のアリたちと同様にステ ージ近くまで行こう、と奥へ進もうとした時だった。
「なぁ、おい、あれなんだ?」
入口付近で固まっていた昆虫達が、にわかに騒ぎ始めた。若いアリが見ると、その騒ぎは外へと向けられているらしく、ステージとは反対を向いていた。その中には長老アリも混じっていて、若いアリは長老アリに話しかけた。

「とうとう、来たようじゃ」

長老アリの言葉に、若いアリは急いで会場の外に出た。心なしか、コンサートが始まる前より雨が強くなっていた。そのせいであまり視界が利かなかったが、徐々に慣れて、遠くに津波のようなものが見えた。思っていたより早い展開に、若いアリの心臓は大きく跳ねた。覚悟していたはずなのに、目の前の事が現実だと知ると、やはり信じがたいものだった。

「もうすぐか」はっとして若いアリは、近くにいた数匹の昆虫に声をかけた。
「いいか。コンサート会場にいる奴らにこのことは伝えるな。楽しい最期を迎えさせるんだ」

様々な昆虫がそこにいた。すぐに強く頷くコオロギやトンボ。バッタやダンゴムシは、不安げな顔でチラリとコンサート会場を向くと、次には覚悟を決めた顔で振り返り、こくん、と頷いた。   
その中には長老アリもいた。
「長老…」
つい零した若いアリの言葉に、長老アリは大丈夫じゃ、と頷いてみせた。
「お前の判断は正しい。わしらで何とかしよう」
それを受けて、力強く若いアリも頷いてみせた。

すでに五曲目になるも、盛り下がりはしなかった。むしろ、一曲ごとに皆の興奮度合いが上昇していくようで、つられてキリギリスも高いテンションのまま、六曲目を迎えた。


楽しい
楽しい
楽しい


頭の中に占められる言葉。会場の全ての意思が「楽しい」一色となり、今までにないくらいの高揚感をキリギリスは感じていた。
このままずっと、この時が過ぎればいい。もっと曲を演奏していたい。
もっと、もっと。