小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

INDEX|16ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

●4.the Witch (魔と交わりし者)≪1≫


「“Gladius”を探しているのですが」
 街の雑踏の中で、一人の少女が同じ質問を繰り返していた。十歳を過ぎたぐらいの、若いと呼ぶには幼過ぎる少女だ。
 道を行き交う人々は、意味不明の質問を投げ掛けてくる少女に対して、気味悪がって足早に去るか、迷子と勘違いして公共施設に連れて行こうとするか、そのどちらかの行動を選択した。
 昼食の時間帯で人通りは多く、都会の喧騒は少女を置き去りにしたままどこまでも流れていた。
「困りましたね」
 今にも雨が降り出しそうな灰色の空を見上げると、これ以上ここにいても進展しない気がしてくる。
 少女は、ビルの外壁に寄り掛かるようにして立ち、ふぅ、と小さなため息を吐く。
「お嬢ちゃん、探し物かい? おじさんに話してごらん?」
「あなたは?」
「善い人だよ」
 唐突に話しかけて来た男は、如何にも怪しい顔付きであり、笑顔の教科書があれば載っていたであろう笑顔を貼り付けていた。
「……。」
 少女は、あまりにもあからさますぎる男に絶句してしまう。
 少女が絶句しているその間も、男はマニュアル染みた笑いを浮かべたままだ。
「あなたからは邪悪な波動を感じます。早々に立ち去りなさい」
 一転して凛とした顔付きになった少女は、全身から少女とは思えないほどの威圧感を発し、男を怯ませた。
 しかし、正体不明の威圧感に怯えた男は、恐怖のあまりに一刻も早く“少女を連れて”この場を離れようと考え、少女の白く細い腕を掴んで手繰り寄せようとして、一歩踏み出した。
「あ!」
 壁を背にしていた少女には逃げ場がなく、男は苦もなく少女の腕を捕まえた。そうして渦巻く欲望の実現に近づいた男は、感情のままに笑った。
 少女は自分の腕を掴んだ男を睨む。だが、その行動は男の欲望を増幅し、更なる突発的行動を起こさせる。
 男は少女を抱き上げようとして、まだ自由な腕を少女の腰に伸ばした。既に片腕を掴まれている少女には、その腕から逃れる術はない。

 少女の名前はソフィア・クロウ。
 知恵の女神の名を戴き、弱冠十二歳にして比類なき力を持つ、イタリア生まれの天才少女だ。現在はアメリカ西海岸に住む両親と離れ、祖母リンダとヨークシャーで生活している。
 彼女の“デビュー”により、人魔のパワーバランスは大きく傾くことになったのだが、同時に彼女自身の命が危険に晒され続けるという事態を生んだ。
 祖母リンダと共に暮らすことで多少なりともその危険は軽減されているのだが、それでも昼夜を問わずに迫り来る刺客は充分な脅威となっていた。
 彼女はその状況において知識と経験を深め、知恵を磨き、より大きな力を付けていったのだ。
 そんな彼女も、街の雑踏の中ではただの十二歳の女の子となる。

「何やってんだ」
 姿無き声が、ソフィアを叱咤する。その間にも、ソフィアの腰に目掛けて伸ばされた男の腕は、確実に距離を詰めていた。
「そんなこと言われたって」
 ソフィアは、ぷぅ、と頬を膨らませる。
 ぶつぶつと独り言を呟く少女の様子がおかしいことに気付いた男は、その動きを止めて少女の顔を覗き込む。それは、怖いもの見たさ、という衝動に分類される行動だ。
 姿無き声は男には聞こえていないが、何らかの気配と存在感、圧迫感を放つ何かが少女のすぐ脇に控えていることには気付いていた。というよりは、気付かされていた。
「他に頼れるヤツはいないんだ。しっかりしてくれよ」
「ハーイ」
「……頼むぜ」
 姿無き声は、気の抜けた返事をするソフィアに抗議を続けたが、当の本人の耳には届くことはなかった。
「そろそろ手を離して頂けます?」
 ソフィアは男に対して威圧を行った。二度目となるそれは最後通告にほど近く、物理的な冷たさを錯覚させる殺気を伴っていた。
 男は、ひぃ、と短い悲鳴をあげて気を失う。
「あらあら、大の大人が情けないですね」
 身体の位置を入れ替えて、ふらつく男の背をビルの外壁に押し付ける。
「私に目を付けたのは評価して差し上げますけれど、今後はご自分を省みることをオススメいたしますわ」
 白目を剥いている男に向かってそう告げると、ソフィアは踵を返して颯爽と歩き始めた。
「どこに行く気だ?」
 姿無き声はソフィアを呼び止める。
「こんな場所で聞き込みしてたって、いつまでたっても進展しないわ」
「この場所が怪しいと言ったのは誰だったか」
「私だって勘違いぐらいするわ」
「それで、次はどこに?」
「あっちの方よ」
 ソフィアは自信たっぷりに南の空を指差す。
「私の勘を信じなさい」
「……。」