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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 ソフィアが向かったのは大英博物館だ。
 駅で周辺地図を見たところ、南の方角には大英博物館があったことが分かり、ここに行きたかったのよ、と得意満面に繰り返した。

 グレート・ラッセル通りに面した大英博物館は、言わずと知れた世界最高峰の博物館であり、訪れるすべての人に無料解放されている。
 度重なる改築・増築により、内部はかなり複雑な造りになっているが、グレートコートと呼ばれる中庭を経由することで混乱を防ぐことができる。また、グレートコートの中心には円形閲覧室があるが、許可のない者は閲覧することはできない。
 入口を入ってすぐの床には、『いざ、知識のさなかに進み出でよ』というアルフレッド・テニスンの言葉が書かれている。

「さすがは大英博物館といったところね。幾つもの結界が、とても効果的に張り巡らされてる。お婆さまの言った通りだわ」
 普段のソフィアは、知識を深めることを第一に行動する。
 知恵と知識は別のものであるが、豊富な知識という土台があればこそ、知恵は無限の可能性を秘め、輝きを放つ。
 大英博物館では、世界各国の地域・国別にまとめて展示されている。到底一日では回りきれない規模の博物館を、ソフィアは所狭しと駆け巡った。
 既に数多の文献によって展示物に関する知識を得ているソフィアは、展示物そのものに対して興味を持っていない。にも関わらず広い博物館内を駆け巡ったのは、展示物を守るために張られた、その地域・国独自の術式による結界を見るためだった。
 展示物よりも、初めて目の当たりにする術式に興味を示すのは、旺盛な知識欲を持つ知恵の女神には当然のことだ。
 展示物とは違う場所を凝視するソフィアに、一般の見物客は遠慮のない奇異の目を向けていたが、十二歳の少女が一人で歩いていること自体を気に止める者はいなかった。
「おい! 聞いてるか!?」
 目的から逸れた行動を続けるソフィアに、姿無き声は業を煮やす。ソフィアにしても逸脱しているのは分かっていたのだが、最後にもう一箇所だけ、と反対に懇願してそれを相手に承諾させる始末だった。
 そんなソフィアが最後に向かったのは、正面大奥の三階。
 そこの展示されているものは、根付や土器、陶磁器といった、欧州で生まれ育ったソフィアには、あまり馴染みのない品物ばかりだった。
 そこは極東の島国・日本のブース。
 埴輪、錦絵、漆器。ソフィアの視線はそれらの上を滑り抜ける。今までと同様に、ソフィアは展示品そのものにはそれほど興味を示さず、日本の術式で張られた結界にばかり興味を注いでいた。だが、ただ一つソフィアの視線を奪うものがあった。“Cutting Edge”即ち日本刀だ。
 ソフィアは、日本刀の持つ美しさの何たるかをひと目で見抜き理解する。それは、装飾美の対極に位置するもの。一切の無駄を省いた機能美であり、実用的であるが故に光る美しさだ。
「グラディウス」
 ソフィアは、目を奪われたままに呟いた。
「違う」 しかし直後に否定する。
 美術品の如き美しさを放っていても、人間の命を吸った武器であることを感じ取る。これは、美術品や工芸品として作られた武器ではなく、武器として作られた武器だ。武器として作られ、武器として使われたものだ。
 一枚の薄いガラスを隔てた向こう側に飾られているのは、血塗られた刀身なのだ。だが、それはそうならんがために作り出されたものでもある。
 膨大な知識と知恵を持っていても、ソフィアは十二歳の少女だ。押し寄せる現実を素直に真正面から受け止めてしまう。そうして、無力感に圧し潰されまいとして、無力感を撥ね除けんがために、更に貪欲に知識を求める。
 未だ幼き少女は、知識の絶対量が増えれば増えるほどに、襲い来る無力感が増して行くこと、この苦しみを背負って生きねばならぬ宿命から逃れる方法、その二つを知り得ていない。なぜならそれは、知識ではなく経験がもたらすものだからだ。