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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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●3.Requiem Dance (鎮魂舞踏)


「ふあ……あぁぁぁっ……っ!」
 剣(つるぎ)の名を持つ男は、朝に弱い。
 本人が言うには、莫大な精神力を要するため回復に充分な睡眠が必要だということらしい。半分は本当だろう。残りの半分は謎に包まれているが、単に低血圧なだけという説が最も有力視されている。
 とりあえず起きはしたが、最初に何をするかをイマイチ決められず、ベッドに正座する。その間、頭を掻いたり手櫛で髪をとかしたりと、やたらと手が動く。時計に視線を送って時間を確認したものの、その情報は脳に正しく伝達されているか、はたまた、正しく理解しているのかは疑わしいものだった。
「十時か……」
 普段なら遅刻だ。幸い今は謹慎という名の休暇中であるために、誰かに咎められることはないのだが、今の彼の頭には謹慎だとか休暇中だとかそんな概念は存在すらしていない。
 そうしてベッドに正座して三分も過ぎた頃、唐突に目覚めが訪れる。彼にとっては“起きる”と“目が覚める”は全く別のものなのだ。
 基礎的な筋トレを行い、シャワーを浴びてその汗を洗い流し、湯上りに一杯の紅茶を飲み終えてから、彼の一日が始まる。慣れた手付きでフレンチトーストを焼き上げ、調理に費やした三分の一以下の時間でそれを平らげる。
 ふと昨晩の事件を思い出して、リーダーに逃げられたのは失敗だったなと呟く。
 サンライズホテルを襲ったテロリストは『フレイム・アート』という武装集団だった。炎術士イングウェイの弟子であった者が結成した武装集団であり、その炎の術法によって何度も警察の追跡から逃れている。イングウェイには才能を見抜く目はあったが、人間を見る目は無かったというわけだ。
「リーダーに逃げられたのは失敗だったな」
 本日四度目のその言葉が、紅茶の香りに溶ける。
 佐佑が何の準備もしていなかったことと、連戦の疲れがあった分を差し引いても、相手は十二分に強敵であった。更に逃げの一手を打たれたため、まんまと逃げられてしまったのだった。
 時計の針が十一時三十分を指していることに気付き、佐佑は慌てて準備を整えて車に飛び乗った。

 CMU本部は、ロンドン市内にある。
 本部とは呼ぶものの、ただの八階建てのビルであり、表向きは探偵社になっている。一般客から持ち込まれた怪事件に魔物が関わっている場合もあるからだ。実際のところ浮気調査のような一般的なものが一番多いのだが、そのほとんどは他の探偵社に丸投げしている。
 CMUのエージェントたちを束ねるゼネッティ将軍は、このビルに足を踏み入れることはない。将軍は軍の施設内におり、そこから本部の作戦参謀に指示を与え、本部のオペレーターを通じてエージェントに通達される仕組みだ。エージェントからの報告は、本部のオペレーターを通じて将軍もしくは作戦参謀へと伝えられる。
 CMUは軍部所属の機関であるため、それなりの地位を持つ軍人を組織の頭に挿げているに過ぎず、将軍の仕事は他の機関への根回しと、作戦参謀が立案した作戦の実行許可を下すだけだ。
 現実主義者が多い軍内部において、CMU長官は閑職として扱われているのだが、国家機密に触れる機会が多いため、愛国心に溢れる軍人にはやりがいのある役職であったりもする。

 佐佑は、ガラス製のドアを押し開けて本部ビルに足を踏み入れた。
 ロビーになっている一階入口付近には、それらしい受付が設置されているのだが、普段は誰もいない。受付のカウンターには『御用の方は押してください』と書かれた案内板とチャイムが置いてあるのみだ。
 イタズラ心が刺激される瞬間だ。
 押したい。ダメだ。押したい。ダメだ。押したい。この二律背反を延々と繰り返すうちに、正反対であったはず二つが奇跡の融合を果たす。
 つまり『ダメだ、押したい』となるのだ。
 佐佑の人差し指は、ゆっくりと確実にチャイムへと伸びてゆく。まさに“押すぞ”というその瞬間、キィ、とガラス製のドアが開かれた。
「っとおぉぉっぅ!」
 佐佑の人差し指は、高速で四分の四拍子を刻み始めた。幼い悪戯の瞬間を見られるのは、誰であっても恥かしいものだ。
「あんのぉ……?」
 入ってきたのは、六十代半ばの老婆だった。
 恐る恐る声を掛けてくる老婆に対し、佐佑は咄嗟に営業スマイルを作り上げた。エージェントである佐佑が応対する必要はなかったのだが、言葉が自然に口をついて出てきた、というやつだ。
「あ、いらっしゃいませ。何かお困りですか?」
「あんた、ここの探偵さん?」
「えぇ、一応そうで……すがっ!?」
 老婆は、その年恰好からは想像できない速さで佐佑にしがみついた。
「孫が……孫が誘拐されてしまったんじゃぁぁぁ!」
「な、なんだってー!?」