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剣(つるぎ)の名を持つ男 -拝み屋 葵【外伝】-

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 *  *  *

 空が白み始め、長い夜が明けた。
 サンライズホテルでの事件は、昨晩のうちにスピード解決し、深夜のニュースで報道された。その内容は『仲間割れによる同士討ちで全員死亡』というものだ。
 特に、人質だった女性の『人質の解放を訴えたジョーンズ議員が撃たれた』という証言は、何度も繰り返し報道された。その女性は、たまたま看護士の資格を持っており、撃たれたジョーンズ議員の応急処置を行ったとも言っていた。しばらくはジョーンズ議員と彼女の存在がワイドショーを騒がせることになるだろう。
 事件後、病院に運ばれたジョーンズ議員は『意識不明の重体』と発表されたが、クローディアには、一命を取り留める、という確信があった。決して嘘や気休めで“大丈夫”という意味合いの言葉を口にしない男が、心配ない大丈夫だ、と言い切ったのだから。
 その昨晩の英雄は、クローディアの横で彼女には聞き取ることができない日本語の寝言を口にしている。
 無防備な寝顔に、クローディアは思う。
 ロンドンに来て一年経った今でも、やはり日本には帰りたいと思っているのだろうか、と。
 彼女の頭の中は、ふとした瞬間にそのことで一杯になる。
 とっくに日本に行く覚悟はできている。だが、肝心の佐佑は何も言ってくれやしない。昨晩、あんな事件にさえ巻き込まれていなければ、そのことを切り出すつもりだった。
 クローディアは、佐佑の髪を指に絡める。
 その長く滑らかな黒髪は、カーテン越しに差し込んでくる柔らかな朝日さえも反射して、艶やかな輝きを放っている。
「……どうした?」
 佐佑が薄目を擦りながら訊ねる。
 朝に極端に弱い佐佑も、髪の毛をいじられてはさすがに目を覚ます。
「なんでもないわ」
 微笑んだまま、ふるふると左右に首を振るクローディア。
「そうか」
「ね、キスして」
 目が閉じられる前にキスをせがむと、佐佑は何も言わずに、けれど少し照れ顔で唇を重ねる。そして、愛しているよ、と囁く。どんなときでも、ケンカした直後でさえも。
 クローディアは、その言葉を聞く度に怖くなった。未来が。二人の未来が予想できずに、現在という瞬間に身を委ねてしまう自身の無責任さが。
「明日までは仕事なんだろ?」
 佐佑の目は既に閉じられている。
「午前中に顔出すだけ。引継ぎがまだ少し残ってるの」
「じゃあ昼は一緒に食べよう。ひさしぶりに何か作るよ」
「それは楽しみね。もう一眠りするでしょ?」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみ」

 ―― 焦ることなんてない

 クローディアは、そう思い直して目を閉じる。
 このとき、佐佑が来週には日本に帰ってしまうことを、クローディアはまだ知らされていなかったのだ。